「私は別に子供ではないから。」

　きっぱりと言うけれど、一般的に見ればまだ子供に見える程度の体格。

「親がいねえ子供はどうすんだろうね。おお怖ぁ」

けたけた、からかうみたいな不快な笑い方。口元も隠さず粗雑な仕草であることだ。

「親はもうとっくに死んでるし。」

　きっぱりと。

「あたしは、がいねん的な物を探しています。
　それは大人の人達の、目的の中にあります。
　あたしが満足できるくらいの、なにかです。
　具体的なことは、子供には見当もつかないものですが……」

「がいねん」

「ンだぁ？こーんな時間にガキが多いたぁ珍しいナ」

親がないと聞いてぱぁ、と表情が明るくなった。
ここって取り放題の畑か何かだったか。

「がいねん……」

てっち、てち……と新しく流れ着いた者が。
適当な場所に座る。

疲れたのだろう。そのまま寝始めた。

　鉄パイプ製の椅子を構える。
　割と持ち慣れている模様。

「う～ん滅茶苦茶に抽象的」
「概念的な物って言うと喜怒哀楽とかそのカテゴリでしょうか」
「もうちっとヒントが欲しい物ですね。宛がないんじゃ探しようがない」

子供が満足する物と言うと菓子とか。でも概念的と違う。

「それはまた、すぐに見つけるには難しい物かもしれないね。貴方にそれが何なのかは見当はついてないけど、それを見つけたいとは思っていると…もしかして、業の事？」

「親のない子供がすきな変質者いる？」
おおこわ、と身を縮こめている成人男性。

「他人の、将来の夢です。あたしはそれをたくさん知りたい」

「物探しでも人探しでもねえなら、何処でも可能性あんのかあ？
探しもん見つける前に食われちまいそうだけどなあ」

「カカッ。世も末ってヤツだナ？もう末か！」

ガハハ。1人で笑い転げている。変人だなあ。

「私の夢？
　夢っていうより、やりたいことっていうと。
　ヒマワリの花を見てみたいってくらい。」

「具体的な例が出たな。そんなものを知ってどうするんだ…？」

「夢！」

吹き出した。人の探し物を嘲笑う行為だ。許されることじゃない。

「こんな場所で！生きてくだけで精一杯だってのに、っ、はは、また随分と場違いなもんを！」

「他人の夢なんざ知ってどーすんだョ？」
「ンな吹き溜まりじゃあ碌なモンも見つかんね〜ゾ」

「おおっと！ググッと解像度が上がった！」
「将来の夢ですかあ、将来の夢ってねえ」
「そんなの聞いて何故満足を？」

意外とマトモなワードで仰天＆安心。
チンプンカンプンな言葉並べられちゃ反応に困っちゃう。

「終末の中で未来の話を求めている！良い事じゃないか！未来への欲求、生物らしい話で私はとても良いと思う！貴方はそれを知ってどうしたい？貴方自身の夢は？」

「楽しいだけのことで大儲けして全人類から尊敬ちやほやされたい」
カスみてえな将来の夢。

「夢って、実現困難だから夢っていうんだよ。」

ゴソゴソ。手持ち無沙汰にゴミ漁り。
うーん、この辺のおクスリは掘り尽くしたと思ったが、まあ意外と出てくるモンだ。
どっかから湧いてる訳でもあるまいに。

「夢は……研究を続ける為にまずは再就職かな……」

切実。

「や、しかし、子供って大人気の娯楽ですね」
「いやはや、歳食うって残酷なんだ」

懐からちいこい酒瓶を取り出す。
今夜は夢物語を肴にしようって魂胆。

「就……職……？」

　この環境で就職……？

「ラリってる輩の猿叫よか耳障りもマシだからナ〜」

手持ちの整理。ま〜こんなモンか。

「こうなっちまった世界に仕事とかあんの？」

「あたしが大人になるまで、この世界に待ってもらえるでしょうか。
　ここで何かできるのは、現在大人であるみなさんの方であって、
　だから子供は夢をみたいんです……それが他人のものであっても」

「おやおや！あの幼子をきっかけに皆の未来の話が聞こえてくる！良いねぇ！！」

「夢を見たい、か。
　見るだけなら、きっと出来るんじゃない？
　夢の中で、ホンモノのヒマワリの花を見れたら。
　是非教えてよ。」

「ある所にはあります！……が、
　無いから今こうして野良の子供をきらきらした目で眺める事しかできない訳ですが」

「世界は待ってくれるかもわからないけど」
「子供が大人になれるかは別じゃんね」
子供ってすぐ死ぬので。

「……」

黙して聞いている。

「就職すンならよその勢力の方が良くねェ？」

梟首とかさ。

「その辺は逃亡生活、いえ、
　話せば長い事情がありまして……」

「その大人になる可能性も含めて、希望が欲しいんじゃないかな？夢、希望、幸福を得るには必要な物じゃないか。
多少非現実的な物でも良いから皆の心からの将来の夢を披露すると良いよ！」

「ガキも大人もそう大差ねェ気もすっけどネ」

全てが滅ぶなら、あらゆるは無意味だ。
割と本気でそう思っている。

「生憎と、時間てのはせっかちな奴ですから」
「大人になるまで待っちゃくれないでしょう」
「世間知らずに見えて存外賢いお嬢さんだ」

相槌打ちながらに酒瓶を呷る、が。
滴り落ちるアルコールの雫は二、三滴程度。

「大人であっても、何もできない事もあるさ…」

夢を見たい、そんな子供の物言いに仄暗い現実を漏らす。

「大人なら頼りになる、なんかしてくれるとか思ってんならおめでたいねえ。
今にもお前のこと食っちまいかねないような事言ってた奴もいんのに？」

やめときなよと言わんばかりに手を振って呆れた声を。
本当に可愛くないガキで、生意気な世間をまともに見れない生き物。

「あの人鎖でがんじがらめにしておいたほうがいいよ。」

「同意ナシでモツでも引っこ抜いて喧嘩でも売ったかァ？」

ま、彼処は法が全てだもんな？

「あっ、因みに少しでも幸福な終焉を迎える為に幸福の実現や幸福を広めるのが私の夢だよ」

「終焉に幸福もクソもあるかァ〜？」
「終いは終いだろォ〜」

「ここは誰も助けてくれないからね。
　なんとか自分で生きられるようにしないと。」

「ほとぼりが冷めるまで優しくしてください！」

「うちに夢なんてあらへんよ。夢の見方も忘れてもうたわ」

「今更死にかけの世界で夢見れンなら」
「悪かねエだろ」「言わせとけ」

「とは言え、大差ないのも事実」
「僕達が決められるのは将来てよりは」
「明日明後日を如何に謳歌するかくらいなもんで」

厭気なく微笑んだ。その辺誤魔化してやるのも不義理だもの。

「あ〜、幸福になりてえから今日のうまい飯が欲しいなあ！
幸福にしてくれねえかな誰かさんが！！」

「ほとぼり冷める頃にゃ世界の方が滅んじまってるかもナ」

ガハハ。

「あ、クソガキだ。」

　男の子のことをクソガキ認定した。

「終わりは終わりだし、死ぬ時は死ぬし、苦痛は苦痛だけど…苦しみながら終わりを待つより、苦しまずに終わりを待つ方が良いじゃない？」

「皆サンは、まだ夢見とるんなあ」

「何しとうと、終わるんは変わらんに」

「誰かの夢の叶う瞬間、幸福になる瞬間。
　あるいはそれを追う過程が大切なのでしょうか。
　あたしは見ることができれば満足です。
　何を見られれば満足なのかは、まだ分かりませんが」

「今オレのことクソガキ言われた？」

「このご時世クソガキじゃね〜ガキの方が怖いことない？」

個人の感想。

「終末を待つンに苦しみも何もネ〜と思いますけどねェ。ま、人によるかァ」

「いや他力本願してるほうのクソガキ。」

「あア、他力本願」

全然耳に入ってないのでこれもこれでクソガキなのである。

「どうでもええ。苦しみたくないなら勝手にしとき。うちは興味あらへんし、なんも変わらんで座っとるだけやさかい」

「ガキ多すぎて誰に言ってんだか分かんね〜わナ」

ガキパラダイスだ。ガハハ。

「ま、フィロソフィー捏ねて生きられンならそれでいーんじゃネ？頑張ってネ〜」

びっくりするくらい無責任！

「子供の心も荒んでしまって……鬼さんはかなしい」
ヨヨヨ…泣くふり。

「あっ、オレ！？」

クソガキ。反応が遅れた。

「はあ？人の幸せに一役かってやろうってんだ、難癖つけられる意味わかんねえなあ？」

屁理屈こねて。実にクソガキの挙動だろう。

「美味しいご飯は、場所と背負う業の量によるかも。私がすぐに出せる物ではないのが歯痒いね！！」
幸福を語る奴がこのザマである

「実を言うと私も終末を待つのは怖い方ではないけど、貴方の言う通り人によるからさ。そういう人を見たら、可哀想だし、少しでも助けたいなって」

「ああ、私にあふるるばかりの食糧があれば
　新鮮な子供達がよりどりみどりなのに……」

「ちっ、役立たずの口だけ野郎」

ご飯がないと知るや否や、舌打ちととんでもない暴言が出た。顔も顰めっ面。

「なら、探し続けるといい。
　生きている限りは探す事はできる」

「ま、世迷いごとも退屈しのぎにしかならん事は今わかったわ。おおきに」
また酒をひとのみ。

「でも乞食してる時点で、
　上手いメシは食べられそうにないと思わない？」

「しょーもねエことで言い返してンの滑稽だな」

おもろ、と乾いた笑いが布の下で漏れた。

「夢の叶う瞬間ですか、高尚な精神をお持ちなようで」
「しかし、そんなら逐一に一人一人聞いて回る方が良い」
「向日葵が見たいと素直に言える子も居れば、つんつん意地張ってる子も居ますし」

個人面談のがすんなり答えてくれるかも。
曖昧。この言動には知らんけどが付随する。
何せ偶然鉢合わせただけの他所様ばかりなんだもの。

「丸々肥えた鼠の串焼きでもやろーか？」

腹壊しそう。

「イマドキ終焉に怯えてる連中は曙光なり梟首なりに集まってそーですけどネ」

「たはは…1番身近で1番難しい課題だったね、食事。ごめんね、ガッカリさせてしまって」
ちょっと小さくなった10cmほど

「はい……あるのは未成熟なこの身体一つ。
　それでも、夢が見たいのなら、大切にするべきですね」
ゆっくりと子供は頷いて。

「ご飯に飢えてるお子さんもいらっしゃる」
「デリバリーしてあげてもいいですけど」
「う～ん懐が心許ないな」

「腹下さずに口に入れられるもんがタダで手に入るなら乞食上等だなあ！
ああ、お花が見たいのお、なんてぶりっこ女にはわかんねえか！」

暴言は続く。誰彼構わず喧嘩腰の姿勢。

「その未成熟さに価値があるのだから、大切にね……」

「何か一人で言ってる。おもしろ。」

　あ、動物園のパンダを見る目だ！

「腹減りすぎてトゲトゲになり過ぎてンじゃん。オモロ……」

オモロがりながら、ガキに鼠の串焼きをほれほれと差し出している。腹壊すやつ！

「はは、曙光は存外お腹丸出しですよ」
「お天道様にお臍を曝け出し、ナデナデヨシヨシを待つ体勢です」

これにも知らんけどがくっついて来る。

「それはそう」
他のエリアの方が一長一短ながら一定の幸福度が約束されてる。
「でも、私はここの育ちで、ここで見てきたからね。これが地域愛ってやつかな」

「しかしそこなちっせエの」
「夢見てエって求めンのは結構だが、荒れてンのばっかなのが現実だ」
「オレぁ邪魔しねエが」「変なヤツにつかまンじゃねエぞ」

口調は荒いがそれなりの気遣い。

「そこで剥いだ苔とか食べる？ 育ち盛りたち」
野菜も食べなさいよ、みたいな感じで生の苔を与えようとする。
拒否したほうがいい。

「曙光みてーな終焉の生き方も悪くねーと思いますけどネ〜」

この終焉に抗えるもんかは良く分からんし。
なんせ頭の出来は良くないのだ。

「たいした期待なんざしてねえよ。
幸せなんて口にして野郎の言うことだし……」

「あ？聞こえてんぞクソガキ二号」

あっちの大人には引き続き噛みついて、こっちの同世代のような気配の人物には喧嘩を売り、忙しない。

「そこは大丈夫。
　親が死んでからは、ずっと自分一人で生きられるようにしてるから。」

　そのうちマトモに話せる相手には、ある程度マトモに接するくらい。

「クソガキ一号は、人並の幸せが欲しいの？」

「聞こえてるからなンだ、やンのか」

あ、プロレス。

「METRO育ちの坊ちゃんってか。珍しいモンだな？や、そうでもね〜カ。
此処が一番混沌としてっしナ？」

烏合の衆が過ぎる。故に来歴も身分も何もかもが流動的。

「食えねえもん渡そうとしてんじゃ、……いや？」

ほれほれと差し出された鼠の串を手で払おうとしたが、もし譲ってもらえるのなら受け取りたい。

食べるのではない。
パンダを見る目の少女に押し付けようとする為である。

「空腹を満たす膳は、うちのトコには並んでへん。渇く一方の底なしの酒瓶だけや。酒の香こうくらいで堪忍な」

「期待してないなんて。そんな…人を胡散臭い人みたいに」
幸福だとか希望だとかをこの時代に説くのは中でも胡散臭いのは事実だろう。

「はい、今のあたしにできるのは、これくらいのことで、
　希少で、なかなか見つからなくて、困難な夢。
　だからこそあたしにとってもきっと価値あるもののはずなんです」
拳をぎゅっと握って。

「一応食えるモンだぜ？味ァ保証しませんけどネ」

へらり。ホントかなあ。
受け取るなら譲るとも。どう扱おうが怒りゃしない。

「次は曙光？ てとこにも行ってみようかな」
なんかよく話題にあがる。

「考えて御覧なさい」
「物を遺すのは次代があってこそ」
「子を成す予定があるなら……拍手喝采ですが」

ブラボーとスタンディングオベーションして差し上げる。

「けれど、でなきゃ、財を腐らせちゃ勿体無い」

ふい、とまた盃に酒を注ぐ。空腹を満たすにはあまりにも強い酒の匂いかもしれない。度数にするなら15程だろうな。

そして香りをまわす気配もなく飲み干すのだ。香りすらあげる気は無いと、言いたげに。