物語

プロローグ

――さあ、 息を 吸って 吐いて

 ようやっと意識を取り戻したところだ
 警戒しなくていい、まだ起き上がらなくてもいい。
 そのままで聞いてくれればいい」

耳元を黄砂じりの風が びょう と吹き抜ける。
目を開けることすら困難な砂嵐の中で
頭上から降り注ぐ男の言葉もまた、酷く乾燥し、罅割れているかのようだった。

「あんたは運がわるかった
 俺が見つけるのは、いつだって "間に合わなかった先に抜けた" 奴らばかりだ。

 幸い残念乍ら、今日に限って「足」もある
 あんたが生きている間に、最も近い人類生存圏に運ぶことができるのは
 俺だけ 、ということだ。

 つまり」

「つまり、俺があんたの "最期" で "最初" の選択肢。
 好きな方を選んだらいい 俺はそれを拒みはしない

 ……どうせ近々、みんな 終わっちまうんだから」

少しだけ、ようやく首を回転させると
90度傾いた周囲の景色が、僅かな砂と同時に目に飛び込んできた。
この時代に滅多に見ることのできない、車輪の轍と
その後ろに立ち並ぶ、十字に組まれた廃材群と。

残念だが、世界は「終了」するそうだ。

それを根拠のない与太話と蔑ろにしているうちに
世界の大半はこの有様、見ての通りの空漠たる黄砂に埋もれてしまった。

わずかな生存圏を巡って人々の争いは止まず
敗れ放逐された者は、こうして黒い太陽の下、砂塵のあわいを当て所なく漂泊する他にない。

"最期" で "最初" の選択肢 と男は云った。
このまま砂に還るか、己を賭して再び黄塵にまみれるか、と。

ぴい、と鋭い鳴き声が聞こえた。

男が手を差し伸べる。
赤い小鳥が、男の肩の上からこちらを覗き込むように見つめている。
さあ、 息を 吸って 吐いて
男は砂に膝を着き、ただひとつの答えを待っている。

 

3つの陣地

shu-guang

【曙光】

宗教廃絶政策からの神無き時代ザ・ロンゲスト・オクトーバーを経て、「宗教」はその意味を変えてしまった。
この地の頂点に立つ者は自らを神と称し、信者の群れがそれを3大勢力の一つとなるまで押し上げた。
「神」とは何か、最早その意味を知る者は少なく、人は目に見える奇跡ばかりを追いつづける。

いわく、「世界は壊れるのではない、我々が壊すのだ」。
謳うは「享楽」。最期の時を知ることで、人々は真の安息諦観を得る。
そして、滅びの瞬間こそ、我等にんげんの絶頂の極みである、と。

何時とも知れぬ終わりに怯えるより、終着を知って全てを貪り尽くさんとする姿は、いっそ潔いとも言えるだろう。
それを最期の救済と尊ぶか、レミングの群れと憐れむかは、滅びの前では些細な話でしかない。

遊戯施設、商店、飲食、風俗店……あらゆる娯楽の並ぶ街の中心に、他者を見下す60階建ての高層ビルエピタフが聳え立つ。
ここにあるのは [業] だけが物を言う、究極の資本主義だ。

kyoshu-kai

【梟首会】

秩序なき世に秩序を。

「老いたる梟」はそのカリスマで多くの賛同者を集め、秩序の名の下にさらに多くの暴徒を鎮圧蹂躙したという。
虫けらひとつも残らぬ荒れ地の静寂をそれと呼ぶならば、そうなのだろう。

己が信念のため、長らく仕えた前党首すらもその手に掛けた白刃は
拠点の奥で今も象徴として輝きを放ち続ける。

何事にも揺るがぬ規律がそこにあり、人々は規律の下に対等である。
ゆえにそこには争いはなく、誰もが安全で過不足なき生活を与えられるという。
それは未来においても約束される安寧、やがて見出されるであろう希望への道程。
存在価値の上下を問わず暴力や搾取に怯えることのない、安住を約束された地と言えるだろう。

…四六時中、監視の目に晒されながら食う飯が美味いかどうかはさておいて。

政と知識を内包し、希少な天然植物に覆われた屋上庭園を抱く高層建造物エピタフに、地を睨め付ける猛禽が翼を広げる。

metro

【METRO】

ここが、行くあて無き者が最期に行き着く場所となるとは、皮肉なことだ。
かつてはこの網目のごとき地下空洞に無数の軌道が敷かれ、あらゆる場所への行来を可能としていたのだという。
その輝かしい鉄の道も、資源の枯渇と共に奪取され、今は何もない洞内を湿った風が吹きすさぶばかり。

誰もその姿を見た者はないと言われるほどに、代表者の素性を知る者はいない。
頭なき烏合の頭の、「他になるものが居ないから、俺が居る」の言葉の意味を考えるほどに
その存在自体までもがあやふやになってゆく。

ここでは統率者も理も意味を成さず、財も生命も奪うものでしかない。
保護も罰も拘束もなく、未来への展望もなく、ただ己の今を試される。ある意味、最も平等な地であると言えなくもない。
だが、果たして「自由」と「無法」とは同等だろうか。

硝子の大劇場跡エピタフに交響曲はなく、それでも群衆は歌い続ける。歓喜であろうと、嘆きであろうと。

 

世界終焉宣言さかしまのそら

shu-guang

そのとき

黎明に鶏が日の始まりを告げる如く、その声は全ての地域に降り注いだ。

我、遂にこの手に世界の緒を捕えたり
汝等が悲願、我が盟約の日はそこに

曙光の主の声に促されるように見上げる、いつもの黒い太陽、砂塵に塞がれた黄色い曇天。
見慣れたその中央に、丸くくり抜かれたような それが。

はてなく そこなく あおなにもない 【空】さかしまのそら

全てを吸い込み墜とし 飲み込まんばかりに 口を開いて

世界の【終了】 迄

残り xx日と xx時間 xx分

 

各陣地意思表明

shu-guang

これは、あなたが望んだ結末。他でもないあなたの [業] に引き寄せられた終焉。
こんなはずではなかった? 今日に至って未だ満たされない?
しかし、あなたは理解している筈じゃありませんか

この地の全てのリソースを吸い上げ尽くし、《人柱》式資源供給プラントわたしは既に役目を終えました。
もはやあなたには、この先を繋ぐ何一つも残されてはいない

……悲しむことなどありません。わたしの下に在ればいい。
所詮 "我らは塵であり影" 、あるべき形に戻ることに、わたしは恐れも苦痛も与えはしない。

あなたはもはや、わたしの下に在るしかないすべてを終わらせる他に、道はない

(…これは、各エリアの党首から発せられる、あなたPCへの召集令。
最終更新時刻 (9/27 0:00。つまり26日から27日に日付の変わる時刻) に、
エリア内の全ての滞在者の[業]が集計され、最も多くの[業]を得たエリアの勝利となります。
この情報は、PCが趣旨を理解、あるいは何となく察しているものとして扱ってください)

kyoshu-kai

先手を取られたことは謝罪しよう。君を不安にさせることは、決して私の本意ではない。

恐れとは無知から来るものだ、まずは知るといい、【空】が何であるかを。
あれはかつての人の過ち。巨大化する都市、社会を維持するべく、人は空間、次元すら越え侵略と略奪を繰り返した。
何もかもを奪い尽くし、滅ぼし、放棄した成れ果ての一つが、あの男曙光の手によって、いまもこの世界に引き寄せられているのだ。

あれ曙光が何を言おうとも、恐れる事は無い。絶望に目を曇らせてはならない。
我らの地には「知識」があり、実現する「術」がある。我らの世界の再生への道は、我らの手でこそ繋げていけるものだ。
芽吹かせ、育て、恩恵を得る。それは長い、永い、苦難を強いる旅になるかもしれない。
しかして、人とは、人間の営みというものは、原初からそういうものであり続けるべきであったのだ。

渇くことも、飢えることも、凍える事も無い。私についてきてはくれないか。
滅びを齎す者には制裁を。だが君がその手を汚すべきでは無い。全ては私の手が行うことだ。

(これは、各エリアの党首から発せられる、あなたPCへの召集令。
最終更新時刻 (9/27 0:00。つまり26日から27日に日付の変わる時刻) に、
エリア内の全ての滞在者の[業]が集計され、最も多くの[業]を得たエリアの勝利となります。
この情報は、PCが趣旨を理解、あるいは何となく察しているものとして扱ってください)

metro

遅かれ早かれ何かあるとは思ってたけど、それが今だとは思わなかった。…といった所かな?
そんな顔してない? でもそれがみんなの共通の意見だろう、と、俺は推測する。

羽虫と梟、意見が正反対のところで精々つぶし合ってくれればいいかな、と思っていたけど
あまり悠長なことも言っていられなくなってきた。
そっちはどう、いま君ができること、やらないといけないこと、何か考えたりしているのかな?

あー俺はだめだよ。ヒトのもの[業]には触れられないことになってる。
俺はみんなの意見を纏めて伝える (終ぞ纏まりやしなかったけど)、それだけのモノ。
脱いでみようか、どうせ中身は空っぽだ。

だから、俺は考える。
いっそのこと、みんな君たちが最も大きくなればいい。大きな声で、大きな願いを叫んでごらんよ。
俺はそれを然るべきところに伝える。ただそれだけのモノ装置だ。

(これは、各エリアの党首から発せられる、あなたPCへの召集令。
最終更新時刻 (9/27 0:00。つまり26日から27日に日付の変わる時刻) に、
エリア内の全ての滞在者の[業]が集計され、最も多くの[業]を得たエリアの勝利となります。
METROの勝利時に限り、それが救済であれ、破滅であれ、私欲であれ、叶うかどうかは別問題として
【METROでキーワード「【願い】」を含めて発言された最も多い意見を、彼は「然るべきところ」に伝えます】
この情報は、PCが趣旨を理解、あるいは何となく察しているものとして扱ってください)

 

赤い鳥の口遊む

seki-cho

……きょうも 【空】は 青く、あおく。
夜ともなればより一層に、蒼く、あおく、ひかり。
朝になっても夢は覚めず あおぐ ひかり まだそこに。

…………(ピィ)

…まったく、呑気に歌ってる場合じゃねえぞ。

【空】はもう街と同じ大きさにまで広がっている。こうなれば、誰もが嫌でも感じるだろう。
見ろ。街の外の主なき墓標、放棄された崩壊寸前のバラック、燃やせもしない瓦礫の山。
存在価値を失ったものからかたちを失って、【空】さかしまに落ちていく。
腹に力入れろ、己の存在をここに留め置け。じゃないとあんたも…じきに こうなる。

 

 

最期の選択肢

(閃光)

(……そして、暫しの静寂)

shu-guang

刹那の出来事だった。
世界の緒を掴み、高く掲げた己の手が、その腕ごと己から斬り離される。

想定外だ。
研ぎ澄まされた刃の一閃が、よもや梟首の根城からこの神殿エピタフのただ一室にまで届き得るとは。

斬撃は腕のみにとどまらず、胸部までをも引き裂いて
そこにあった華美に彩られた装飾も、ともに砕けて散逸する。

ああ、そうだ。どうせすべてが偽物だ。
貴石を騙るガラス玉。神を騙った己の手。みな床に触れる前に塵となって墜ちてゆく。

神殿エピタフには誰もいない。
己の倒れ伏す衣擦れも、喉から零れ出る呻吟も、最早誰が知るものでもなかった。

【曙光】最終獲得[業]:9,309,842

 

kyoshu-kai

空中庭園に、鍔音が小さく響く。
刃に集約された[業]は、確かに不可能すら現実とした。只人である己の身には過ぎた[業]だった。

だが手応えはあった。斬撃の先の結果を確認するまでもない。
【空】からの圧に揺らぎを感じる。曙光あれに引き寄せられた災厄も、やがて元在った場所へと還るだろう。

当座の【終わり】を回避し、改めて己の言葉を反芻する。
『我らの地には「知識」があり、実現する「術」がある。』
梟の城は嘗てより智を保存するための砦だった。その言葉に偽りはない。

それでも、己の手を見る。それが齎してきたものを思う。
この手が取る刃もまた、地の恩恵を刈り取る道具ではないことを、誰よりも己が知っている。

【梟首会】最終獲得[業]:41,393,687

 

metro

さて。


まず俺は "それ" について考える。
言葉データにするには軽量に過ぎ、その意味を受け取るにはあまりに広義が過ぎる。
何一つ具体例を挙げず、それでいて「すべてを言った気」になる。これがヒトという生き物の悪い癖だ。

それでも、俺は理解しようとする。そりゃあ長いこと一緒に居るからね。
小さな存在の小さな器官に、どれだけ大きな意思もんだいごとを詰め込まれてしまったことか。
だからこそ愛しいワケワカラン。だからこそ、俺は此処に居続けた。


それなのに、 "それ" にかたちを与えて意味を成すためには。あー。若干足りない。
……まあいいか。なんとかなんだろ。気付いていないだけだもんなあ、君ら。

【自由】なんてものは、やっぱり、最初からその手の中にしかないそーゆーの、自分でやんないと意味ないんじゃね?、ってこと。

【METRO】最終獲得[業]:40,009,271

 

seige the initiative

【梟首会の勝利となりました】

 

 

エピローグ

決着の日からしばらくして。
曙光の上空から発生した【空】さかしまのそらは、次第にその規模を縮小し続けている。

【空】から伸びる、幾重にも重なる有刺鉄線のような、黒い雷光。
それが【空】の内部から生じて穴を縫い塞ぎ、
更には曙光の高層ビルエピタフを絡め、半ばから捥ぎ取るようにして運び去っていく様を
曙光に居た者たちの多くが目にしていることだろう。
しかし、あれが何であるのかについては、梟首も口を開くことはなく、今は各自の想像に任せる他にない。

 

shu-guang

多くの「不要なもの」が【空】へと墜ちていったお蔭で、街は驚くほどに閑散としている。
毒々しいネオンサイン群が消え、これまで塵芥で隠されていたものが露となり、裸に剥かれたような様は
最後の宣言の際に垣間見た党首の姿と重なるようにも思えた。

この地の生産の要であった供給プラント党首が姿を消したことにより、
曙光は他所からの支援を受けざるを得ない状況だ。
最早ここには用はないと街を離れる者も多く、大きな荷を抱えた住民が足早に歩き去る。
夢は醒めた、しかしそれはまた新たな夢への過程に過ぎない。
いずれ新たな力ある者が現れるまでは、ここは梟首会の治めるところとなるだろう。

……見知った顔とすれ違った。大きな包み・・を肩にもたれかけるように担ぎ、人の流れとは逆に歩いてゆく。
男はこちらに気付くと、すっと立てた人差し指を唇に当て、あっという間に雑踏の中へと紛れて消えてしまった。

metro

街では以前にも増して、一目で梟首の配下と分かる容姿の者を見掛けるようになった。
梟の目はますます爛爛と輝き、街は辛うじての平穏を保っている。
それはMETROにおいても同様で、暴力、簒奪を常としている者たちも今はひっそりと鳴りを潜めているようだ。

なにより、配給のワゴンに住民が列を作っている・・・・・・・・・・

勿論、こんな光景が見られるのも今のうちだけだろう。
【自由】は焼菓子の生地に混ぜ込む重曹のように、焦がれるほどに膨れ上がる。たとえその本質が幻想うたかたであっても。

kyoshu-kai

梟首会は雨の多い地区であったこともあり、早くも道端に小さくも緑色めいた何かが顔を出している。
これまで曙光へと吸い上げられ続けていたものが、ようやくこの地に滞留し始めた証だ。

撤去困難だった瓦礫や有害廃棄物等、余計なものが無くなった跡地に、試験的に耕作地が作られ始めている。
成果はまだ先の話だが、小難しい顔をした職員の横で物珍し気に土に触れている子どもの姿には、
この先の未来について思いを馳せても許される、そんな気にさえさせられる。

 

残念だが、世界は「終了」するそうだ。

それでも今は、
それが「今日ではない」ことに安堵し、「明日ではない」ことを希う
この日々が、もう少しだけ続いてゆくことだけを願っている。

 

title
[ 終 ]

 

 

 

 

 

kyoshu-kai metro

「この期に及んで、漸く『戻って来た』と」

「まあね」

「要件を先に云ったらどうかね。本来の貴方はそういう性質である筈だ。
 ……あのような緊急事態でなければ、私は真っ先に貴方を斬っていたところなのだが」

「えー。俺の提案《人柱》式資源供給プラントを受理して実行に移したのは、君の先代の方だよ」

「その提案を何の逡巡もなく出してきたのは貴方だ」

「最大効率を求められたのは俺の方。
 やめやめ、これが君らの言う『水掛け論』だろう」

「鼠の巣で余計な知恵を齧って来たものだ。
 前任者を斬ったのは私だ。貴方を斬る事にも些かの躊躇いもない」

否定ダウト。君は今や俺を斬れない。俺はその理由を理解している。君も」

「……《索引・・》」

「『我らの地には「知識」があり、実現する「術」がある』、あの小僧が言うようになったじゃないか。
 でも書架の膨大な情報を人間が扱うのは不可能だ、君が「やる」とデバイス化してもね。
 だから俺がる。
 これは只の里帰りじゃないよ、取引だ」

「取引とは」

「【自由】、ってやつをさ」

 

sekicho shu-guang

「そろそろ休憩するか。起きてるか」

「……ん」

背に括り付けるようにして後部座席に載せた包みが、ごそりと動いた。
速度に対して不相応に大きな駆動音を立てながら砂の上を進む煤けた単車が
街外れの傾いだ建造物群に近づくと、その物陰に単車ごと進入して停止する。

 

「………お前は、何をやるにも、極端が、過ぎる!」

「いたいいたいいたい」

砂の上で解いた包みの中から、ない右腕を引っ張り出し、裂けた胸部をはだけさせ、
抗生剤、止血剤、その他諸々を乱暴にスプレーする。
傷口こそ生々しいが、痛みに元気にのたうつ姿から、致命傷にまでは至っていないことが見て取れる。

「『第3回・S研究棟脱出作戦~プランB』失敗以来か。
 ……遅くなって、すまなかった」

「兄さん」

すぱん

「あいた」

「それはそれとして、何が『曙光』だ、人を街ごと煽動して、梟首会なんかとバチバチにやりあって、
 挙句、何をどうやったらあれ・・になるんだ」

街の方向、いまだ青く残る【空】を指さし、まくし立てる。

「……なりゆき…かな」

「はあ~~~~?」

「《人柱》なんて言っても、結局は装置と人と[業]を連結させる部品だ。
 僕はプラントに実装されてから…長いこと変性意識疑似トランス状態だった」

「厄介なところと繋がっちまった、ってわけだ」

「宗教廃絶政策の意図が良く分かったよ。『《神》の承認欲求を煽る無視し続ければ、そのうち振り向いてくれる』なんて。
 でも、効果が出るには遅すぎた。振り向いた先に何も無ければ、もう捨てられるしかないんだから。
 滅ぼされるか、自ら滅びるか迫られて、落としどころを探しているうちにこうなった」

「………しょうもない話だった」

「【終わり】なんて、そんなものだよ」

「馬鹿野郎」

 

キックペダルを蹴る。速度に対して不相応な爆音を立てて、単車はふたたび砂の上に轍を引きながら走り始める。
ここから先は、誰の耳にも届かない、2人だけの会話だ。

[黄塵街歌] ©2025 zmd