「……。」

暫し葛藤していた眼鏡は、立ち上がって服の塵芥を払う。
小走りでどこぞへ駆けて行った。

「なんや、小さい女の子も来たやん」

「…………名前は」

無価値でないとするのなら

「なんていうの、商人さん」

希求せねばなるまい。

「そんでドクも"それ"に優しさ掛けるもんじゃないって」
「見た目は良く見えるけど、子供にかける優しさと違って完全に無意味だし」

「出張サービス？？？今日は種のおとどけでした！
　いっぱいごほうびもらえました！むん！」

ダブピ。ごきげん。

「ふぅん、」「……」

マキ、と名乗る少女をぼんやりと見つめて。
地に落ちている灰を見た。手を伸ばせば塵掬いを再開。

「黒フード金髪のお兄さん、ゲーム相克童貞捨てとくかい？」
「初めての相手にしちゃ優しく手ほどきできるけど」

「医者せんせーは精がでるこって」
「張り切ってんな〜」
ニマつきながら。冷笑仕草。

「曙光の方なんですか」
周りの言葉を聞くに
「なんというか、ぽくはありますね。たしかに。」

「なんなノ？曙光の闇なノ？あのお嬢ちゃん」

人を指さして闇扱いするなよ。

はぁ。はぁ。今日も御節介をしちまったなぁと
白衣を強引に被せようとしている少女から、あなたチュエのほうに顔を戻し。

「お……おいおい、なんだ、改まって。
　そんな事言われても上げられる給料はねェぞお」

ごほんごほん。
咳ばらいを繰り返し、ばちばちと瞬きを頻りに。
三十路の照れなんてみっともいいもんじゃないから平静を装おうとしている。

「ただ、……そうさな。助けられっかどうか、で悩む期間は、もう過ぎちまった。
　なんでも呑み込んで貰えると思うほど自信も無ぇ」

「だからあんたや、別の奴にも、みっともない位に助けを求めるさ。
　──案外ほら、一緒に組む時間が増えたらその分、俺の伊達男度合いも
　連動して上がっていくかもしんないしな？」

「何処にも闇はあるもんやろ」

｢ただあっちの宗教の下っ端なのかと思ったが…｣
話題になってる少女を見てる。

「ああ…ちょうどいいね」

* 白衣を掛けてくれている。
* 安心したような気の抜けた呟き。

「ひと呼んで蛍光ピンクの虫です！
　呼んだのはいぬだったかもしれない！
　闇の中こそ光が映える！いえー！」

指さされても仕方ないねこいつ。

「そうだよ」
「曙の光を浴びるといっても、
　上と下で大いに恩恵が変わってくる」

「最底辺の、蟲が集るよな光のたまり場を"闇"と称するなら」
「多分　かなりセンスのいいネーミングといえるね」

「闇が人のカタチして喋って歩くのは新鮮だなって思っテ……？？」

METROの闇もヒトコワだが、脚は生えてない。なにせ奥地に引っ込んでるから。

ここまで減らしておいたがお目当ての人がいない。

『剣ー、どこだよー…。』
空を見上げる。

雨模様。

「闇が自ら歩んでくるのはタチが悪いんやね」

手元で貴石を弄ぶ。一度、足を休めてもいいんだけど…。

｢もーすこしだけ働きますかねェ｣

オーバーサイズの白衣にくるまってごきげんに手を振っている。
ぶいぶい。

「わかりやすく蛍光ピンクだな」
「眩しすぎて目が焼ける」

「手ほどきか。それじゃあお願いしようかな」

「ええい、うるせえうるせえ。
　使うとか利用とかはしねェから温かくしとけ……！」

嫌がられなければ頭上から強引に白衣を被せる。
キングてるてる坊主の誕生だ！

「はー……忠告してくれてる連中はあんがとよ」

「けどな。こいつは救うけどこいつこうだから見過ごしていい、なんてしてたら
　俺はお節介男よりももっと最低なモンになっちまう。
　見逃しといてくれや。スマンな」

────云うべきは云った。
それ以降は誰に仕掛けるでもなく、大人しくしているだろ。

「虫呼ばわりは良いンだ……」

謎だ。同類の匂いがする気もする。
主に頭の出来が。

「ァ〜。つまるとこ曙光のスラム的なネ？彼処底辺はMETROくらい底辺だもんナ」

いやMETROはそれ以下らしいですけど。
曙光のゴミ箱ご馳走なのに誰も漁りゃしねェ。勿体ない。

「無限で無責任な愛情や慈悲で世界全部が救われるなんて妄言を」
「存在全部で否定してくれるから俺はマキエちゃん好きだよ」

「あ、金具ー。たまったらまたメトロにおさめにいこっと」

まったく　こりて　いない。

「医者の兄ちゃんは、ほんま良い人やな…」

「ドク君はお人好しだな。彼女は特に怪我や病気ではない……
　が、信条に口を挟むつもりはない」

「じゃあいつでもどうぞ、黒フードくん」
「攻められるのが好きなら俺から行くけど」

「マキのことすきですかやったー！使いますか？？？」

よそさまの庭でおおっぴらにそういうこと言うもんじゃありません。

「まともそうなお医者さんもいるもんですね」

「雨がひどくなる前に雨宿りしーよおっと。」

雨風が凌げそうな場所に行くみたいです。
でも今日は雨が止みそうだ。

「捻くれてンなァ……」

いいじゃん、愛情とか。オレ好きだよ？愛情。慈悲はよくわかんないけど多分好き。
アホだ。

「初めてだからな、私からいかせてもらうよ」

「マシな人間がまだ残ってるモンだ」

* その行いを否定することはない。
* むしろこれにとっては好ましかった。

「なっちまえばいいのに、最低に」
「堕ちまえば楽になれるだろうによ〜」
「エゴじみてていいでやんの」
「そのうち手痛いしっぺくらってべそかいてそー」
悪態ついた。口角を上げたままに。

「要らねえよ。寂れた診療所なんて、
　上げたところで大した給料なんか出るまい」

肩をすくめてやれやれと軽口を言う。
ただ、少しだけ。目だけはずっと、まじまじとアンタを見ている。

僅かに言葉を失って。それから口を閉じ、沈黙を挟んで。

「はあ、誰かを助けたいくせして、助けを求め散らして、
　それでいて自分の伊達男さも気にする、そういうところが――……」

モテない、と普段なら言ってるだろうが。
今だけは、違う言葉が形になる、気がした。

＞

「はいはい、降参降参！
　いいか、それだけ啖呵切って大口叩いておいて、
　半端なところでやめたらそれこそ承知しねえぞ俺は」
「どれだけみっともなくてもやり遂げやがんのが、甲斐性ってもんだろう」

「使いません。こっちが使い物になんないって何回言わすんだよぽんこつちゃん」
「早く庭に帰って今回の雇い主に頭や別のとこ撫でてもらいなよ」

「来な。ギャンブルを教えてあげるよ」

「お兄さんはマトモな人間やで〜弟もな」

よくわかんないけどボコボコに言われてる虫のお嬢ちゃんはMETROっぽい存在なんだな、と一旦納得した。よくわかんないけど……。

「ふつーだよ、ふつー」

「普通の医者だ」

お節介…は薄々自覚しているが、お人好しだの良い人だのには露骨に顔を顰める。

「世界が滅びかけン時にフツーで居られる人間が希少ってコトじゃね〜ノ？」

だって終末じゃん。異常を前に平常運転出来る聖人はそう多くないのだ。残念ながら。

「そーゆーンも一種の強みだと思いますけどネ」

「なるほど。こういう感じか」

「例えドクの兄さんが精神科医だったろうと、
　そいつは……医者として関わるなら手遅れだと思うがね」

まともな医者。まっとうな医者。
良い医者、良い人。心の底からそう思うよクソッタレ。

「……はー……」
「薬ついでに白衣の替えも持って来るんで」
「好きにお節介焼いたらいいんじゃないですか、お医者サマ」

｢俺もふつーだぜ｣
本当だろうか…

「…終わりを迎えることを受け入れるのはまともなんやろうか」

ぼそり。

「この雨、また何処かで降るのかな。」

「あたしもそれが普通であれと思うよ」
「こんな世の中じゃ…難しいけどね」

「あとめんどくさい。あとしんどい」

「まとも、が出来てるならいいんですけど…」

ちょっと自分では判断しづらいから

「普通の医者も正直だいぶ珍しいですよね」

「はーいざんねーん。
　曙光に来てくださったらもっとステキなひとがご奉仕しますから
　たのしみにしててくださいね！」

断られるのにも慣れたもの。なにせ下級の奉仕員。
よそのシマで宣伝をして処分されたとしても、誰もなにも気にしないだろう。

「真艫かどーかは黄金虫の連中に聞いてもらっテ……」

なんせこちとらただのはみ出しモンだから。立派な思想は持ち合わせちゃない。

「梟ン連中の足掻きもいいことだと思いますけどネ」

無責任な肯定ばかり。気楽。

てるてるぼうずはゆらゆら踊っている。
残念ながら医者に対して礼の言葉はなかった。
それは自分を使ってくれたものにかけるものだからだ。

たのしげなその姿がいつもと同じなのか、
それとも今日はなにかが違うのか。
それを見分けられるものはこの場にはいないだろう。
きっと、この世のどこにもいないのだろう。

「やるじゃん」
「でも無欲だね？」

「ふつー」
「普通ねえ」
「普通の基準がわかんねえけどな」

「終末が訪れる時ある程度周りに善が配れるようなお人よしが普通」
「…たぁ、そりゃズレてる気がするがね」

「私はまともなお嬢様やで。
気品で礼儀正しいし綺麗な口調で喋れるで」

めんどいのでやらないけど。

「普通とは、稀有で尊いものだ」

「まともな医者になりたい」

「お兄さんは喧嘩もした事ないか弱いお兄さんやぞ！」

「フツーの定義はオレもちょっとよく分かんナイ」

適当ほざくばかりだ。
考えると知恵熱出るからヤ。

「お医者サマは早く記憶が戻ればイイネ……」

世界が滅ぶのが先かも。

「それが当然じゃない、というのには同感だな」
「終わりかけの世界で命を救うとか、
　徒労もいいとこだ。ならパーッと使い潰した方がいい」

「が」
「そうあった方がいい、というのも」「頷けない話じゃない」
「それすら否定しちまったら、
　医学を齧ったものとしてオシマイだ」

「……」
「真偽はともかく、善意に応えただけさ」

「お嬢様って実在したンだ。するか……」

METROにゃいないから。お嬢様。
いや没落お嬢様とかは探せばいるか。

「徒労かナァ。オレァ医者好きだけどなァ」

ヤブはあれだけど。METROはヤブ医者が多いから。

「あ～クソクソクソ～ッ！
　許せん耳つき！」

ふら、とやってきた挙げ句ダンダンと地団駄して、ガラを蹴り飛ばしたりして、
監視員に睨まれてヘヘ、なんて頭を下げている。何をやっているのやら。
首元には少し汚れた大きなハンカチが巻かれ、後頭部は少々黒く、
そして足をかばうように歩いていた。

「どうしたんや、ボロボロやん」

「耳つき？」
「随分荒れてるな」

「アレ〜また見た顔……」

ってあの様子じゃMETROでろくな目に遭わなかったんかね。それとも別件かなあ。
荒れてる男にひらひら手を振った。

「誰かに手ェ伸ばせなくなったらそれこそ世界の終わりでしょ」

「そこのレッドの記憶はー…戻んのかね。
　手がかりとかも何もないの、アンタ」

「お嬢様の“価値”も業次第じゃねーのか？」
べ。舌を出しながら。

「わかるやつなんざ一握りだろうし」
「それも価値観でカチコチしてそうだ」
「こうであることが普通だとかよ」

監視の目を気にした。小さい声で。

『大丈夫か？』

「お～いシャルパス君は君でどうしたんだ……」
「……いや、君に関しては当ててやろう。
　大方手を出しちゃいけないタイプの女に引っ掛かったんだろ」

決め打ちであった。

「あら。お怪我ですか？」

「楽しい紳士さんじゃないか。
　METROの鼠にやられたか…？」

METROでも荒れていたが、更に荒れている。
一体何があったのやらと肩を竦めた。

食いでの無さそうな骨ばった手足、埃臭い薄衣ばかりを携えて、餓鬼が一匹。
何処ぞより。

「おーおーやられてら…消毒したのかアそれ」

｢人来るなあ…移動すっか…？｣
面倒で移動しないかもだが。

う…。
診療所がろくな給料を出せないといわれりゃ痛いとこ突かれた顔するしかない。
ついでに…その安い俸禄で、人に被せてびしょぬれになった白衣も
洗濯をお願いするしかないのだ…。肩身、狭い。

──だが。ふいのタイミング。
医者はとても、とても意外なものを聞いたような面持ちをして。

「……おうよ」

「…はは。俺はべつだんプライドもなんもないチンケな医者だが
　あんたには、失望とかされたかないなあ」

「精々やれるだけをやるさ。…改めて宜しくな、チュエ」

「でも滅びそうになってもみんな笑顔でいて欲しいから、
困ってたら助けたくなるねんな…」
笑顔でいることに執着した様子。
その後こほん、と。

「はい、普段は曙光におります。
棺最院 楽流カンサイイン ラルルと申します。以後お見知りおきを」

ちょっとお嬢様っぽい口調になった。

「手がかりは……探した。
　集まったものはトランクに保管しているが、現状変わらずだ」

「僕もどこかに診療所があるのかもしれないが……」

あまり記憶のアテはないらしい。

「どーせまとめてみんな死ぬ」
「日付は決まってんだ。期限付きの命なんだ」
「それを自分らしく生きるか、華やかに生きるか、穏やかに終えるかのどれかなんだろ」
「他人への施しなんてエゴまみれか、自尊心を満たすためか」
「そーあったほうがいいねえ〜…」
「献身でできてて救いようがねえや」

「あ、確かにちょっとそれっぽいかもしれません」

お嬢様の解像度が低いので、お嬢様っぽさをすぐ感じた

「紳士の兄ちゃん？どうした？
誰かにボッコボコにされたん？」

なんとなーくスッと寄る。
寄るっていっても見にきたぐらいの距離。

「お メトロにいたボコボコにされたやつ」
「さらにボコボコにされてやがる」
「耳付きなら、すばしっこいネズミたちにボコられたか？」

ゲラ。声あげて笑った。

「おいおい、洒落者の兄さん、怪我かァ？
　あーあーびっこひいてら。
　ちゃんと診断と治療をされてないなら俺に診せてみ。
　綺麗なねえちゃんでなくて悪いがね」

「善意？　それは見当違いだ」
「先達が何かの道にキミを引きずり込むとき、それは善意なんかじゃないよ」

懐から錠剤を出して噛み、黒フードのキミに笑った。

「中毒にするためさ」
「"負けて勝って"業が"渡れば良かったむしれれば良かった"のに」

「どのように死ぬか、ということより」「いつか死ぬ日まで、どのように生きるか」「かな」
「口にしたことのないものを口にする」「行ったことのない場所に行く」
「世界はまだ広い　終わりに向かうというのにな」