「睡眠は大事ですよね……生きるためにも」

言いつつゴミを拾っている。

「健全で健康的な助言だね」

「あんたが一番眠りが必要無さそ〜だけどナ。カカッ」

「……普段来ない区画だからか、初めて見る顔が多いかな…」
「いや……僕が覚えていないだけかもしれないけど……」

「死してなお、睡眠を説く。素晴らしいことだ」

「顔を覚える必要はないさ、どうせ終わる。」
「覚えたせいでもがく羽目になることだってあるからさ。」

「眠るんも退屈しのぎやしなあ。うちからしたら、変わらんわ」

「ま、花びら千切る手ぇ空いたら寝といたるわ」
飽きたと先ほど言ったが、拾い上げるのを再開している。
そして数刻でまたやめる。

「睡眠…盲点だね。眠気が来た人は抗わない方が良いかもね」

「かなぐ？」

拾った金具を持ち上げて、覗き込む。
なにこれ？　とでも言いたげ。

「覚えたッてンな掃き溜めじゃあ大体次の日にゃ見ねェ顔になってっしな？カカッ」

「よし、整った。」

骨牌を懐中に入れて。

「俺はもう寝る」
「あの場所空いてるかな」

いつもの寝床、空いてると良いけど。

「どうせ」
＊そう＊
＊この世界は終わるのです＊
＊そうは言いながら、生きる努力をしますが＊

「よしよし、今日は食いっぱぐれずに住みそうだな……」
人の話し声の合間を縫い、そそくさと塵拾い。
しゃがみ込んで種やら塵芥やら選別し始めた。

「みんな、準備が早いんだね。
　私はのんびりやるよ。」

「ああ、のんびりやればいいさ。
　先は長いんだから」

灯火は、蝋のとける匂いにあかり、わかりやすくて、ここじゃ危険だ。
「… 蝋もそろそろ買わなきゃか」
もっとも、そのあたりから漁れば手に入りそうな物、だけど。

「その人の事を覚えておく、その人の重ねる業を観察する、私としては面白いけれど、次に見かけた時には亡くなってしまわれてたりする。なんて事もあるもんね」

「どうせ終わる……――だとしても今ここで生きていることには変わりない。」
「今を生きるために覚えてもいいかもしれないね。」

「準備しなくたってなんとかなるしナ？」
「スカベンジしてりゃ不足もネ〜し」

おっおクスリ発掘。紙タバコ形式かあ。
ま、いっか。吸おう吸おう。
スカベンジを辞めてその辺のゴミ山に腰掛けた。

「ンぁ〜〜……火ぃ切らしてンだったァ〜」
「誰か火ぃ貸してェ〜〜」

「自分は覚えていますよ。
　皆様が名乗ってくれたのなら」

終わるとしても。

「あ♡先生のことなら身長も体重も
　お水を飲んだ回数もユガミと見つめ合った回数も……♡
　すべて♡覚えていますよ♡」

燐寸箱を放り投げた。[1d6]

燐寸、残り３本。

「ほんまの名は、忘れてもうたなあ」
仰々しく。

「せやし、あんさんらには〝幽霊〟とか〝亡霊〟で十分やろ」

「先生ってどちらさんなんざんしょ」
「もしや自己紹介でもする流れですか」
「意外や意外と。皆様存外に逞しい」

「……さて。」
「私もゴミ拾いには飽きてしまったな。寝るか……」
そこら辺の隅で携えていた日本刀を抱えて座り込む。暫くしたら寝息を立てるだろう。

「みんな、名前を正確に覚えてるんだね。
　私はたしか……ヒノワ、だったと思う。」

「…………」

お、今日は穏やかそうなフンイキ。
暫く様子見するように遠巻きに眺めてから、人の屯する近くに寄った。

「や、おばんです」
「皆サンも遅くまでお疲れ様ですねぇ」

「オニーサン優し〜〜♡あんがとネ」
「“ラムネ”要る？効き悪ぃケド」

箱をキャッチ。
マッチを1本拝借し、残り2本のみのそれを返す。

「カカッ。自己紹介のお時間ってかァ？」
「平和だねェ」

「先生は僕だ。……恐らく」
「医者をしているので、そう呼ばれる時もある」

「呼ぶなら、Rとか、レッドとかで構わない」

「今日はいつもと違う活気がある……」

びくびく、おどおどした白衣の女がちらちらと人々を視界に収めながら
諸々の回収へとやってきた──

＊自己紹介、なんて＊
＊誰が敵になるかも分からない中＊
＊バカみたい……とは言えません＊
＊滅多なことを言うとどうなるか分かりません＊

「聞いてなくても聞いていても名乗って差し上げる」
「曙光の木端者、ラァジューと申します」
「食い扶持に困ったらいつでもどうぞ」

恭しく腰を曲げて一礼。廃墟の壁に頭が擦れた。

「まあ、暇だし。
　どうせいつも狙われているようなものだし。」

「もやしちゃえ。」

金具を燃やしている。金具って燃えるのかな。
灰になっているので、燃えるのだろう。良い業になりそうだ。

「わざわざ名乗るん、ほんま逞しくて恨めしいわあ。名乗らんのもおるみたいやけどな」

「……ほんで？」
終始、どうでもよさそうに。また酒をあおる。

「終末を迎えると分かっているからこそ、縁を紡いでいく事で得られる幸福もあるかもしれないからね。一時の縁でも大切な事だよ」

「センセイ、ねェ。このご時世に立派なモンだなァ〜」

しみじみとした。煽りの意図はない。
只管言葉選びが悪いだけで。

「縁、ねぇ……」
「櫛　一色です。覚えていたらよろしくお願いします」

挨拶をすると再びゴミ拾いに戻る。

「アア！本当に先生がいらっしゃったなんて！」
「そこなウットリナースさんの幻覚幻聴その類かと」
「でもさっき、失敗したとか漏らしてませんでした？」

「名乗ろうが名乗るまいが変わんね〜しナ」
「曙光の奴が名乗り上げンのは中々肝が据わってると思うけどもネ」

自己紹介じゃなくて半ば宣戦布告では？男は首をひねった。
ま、構やしねーが。

本名ではなくても。確か、でも。
うん、と頷いて、
名乗ってくれた方に目を合わせます。

「自分はラセン・ユガミ。
　レッド・ダイヤ先生の助手です」

「えェ……要らな…」
「いや、貰っとこうかな」
返ってきたマッチ箱の中身を確認。少なくて悲しい。

「あ゙っ」

気配を殺していたつもりが、足をもつれさせて激しく転倒してしまう。
がらがら、がっしゃん。

「カカッ。劣化しちまってっからナ。
良くてチルくなるだけだってェ……」

アッパー系では無いらしい。
錠剤の入った小袋もセットで寄越された。

「ンだぁ？」
「……ああ、コケただけか。
大丈夫かい？お嬢ちゃん」

壁に頭打ってびっくりした。遅効性の驚愕。
酒気帯び運転はこれだからいけない。
額を摩る。薄ら血が滲んでいた。酔いも多少醒めたらよかったんだけど。

「先生やら幸福やら、ほんま御立派で結構なことやな。月光が波間で揺れるん清らかさすら覚えるわ。……けど、あんさんらの足元に沈んだ影も、目に映るような気もするわ。なんてな」

「痛そう。」

　他人事のように呟く。

「私はロウ。家族が医者？医者かな…多分、医者。を、やってたから、私も人の助けになりたいと思って継いでるんだ。と言っても私は心に寄り添う方なんだけどね。改めてよろしく」

のんびり頬杖着いて周りの話を聞いてたが

「ワ」
転倒音にビビって跳ねた

＊強いて言うのであれば＊
「……がらくた拾い」
＊と、呼ばれているらしいこと＊
＊勝手に呼ばれているものを、勝手に呼べばいい＊

「果し状叩き付けに来たワケじゃあございません」
「僕はお友達、作りに来ただけなんです」

完璧嘘。酔っ払った足で来ただけ。

「深夜ンなっと足元覚束ね〜奴が増えンのもいつもの事だナ〜」

うわ、血。いたそ〜。南無南無。

「ンだよ、センセーまみれってかァ？穴蔵たぁ思えね〜ナ！カカッ」

「あっあっ、私は大丈夫なので！今のは見なかった事に、
　私は存在しなかった事に……」

打ち付けた鼻を擦りながらもう片方の手をぶんぶんと振っている。
ちょっと無理がある。

何だか穏やかな空気を感じながらゴミを拾い終え。
ペッと最後の拾い物をボロ籠に吐き出したら
籠の端っこを咥えて寝床へと歩き出した。

「何もかもおしまいという気持ちになったら使うね…」
それまでは懐に仕舞っときましょ。

「転んだだけ？あ〜びびった……」
胸を撫で下ろして元の姿勢に戻った。

「色々転がってますし、足元にはお気を付けて〜」

名乗る者達の名を頭に入れてるんだか、入れてないんだか。
マッチを擦り、巻きたばこになったおクスリに火をつけた男は肺に有害な煙をめいっぱい貯め込んだ。
ぷは〜。効き目はまあまあかなあ。

「丸々肥えた溝鼠とトモダチにゃなれるかもナ！カカッ」

「幻覚幻聴にしては幸せすぎますっ。
　ユガミにとっては先生だけが現実で、紛れもない真実」

「よろしくお願いします皆様。
　自分は覚えておりますよ。何もかも。終わらせる時まで」

「皆々名を名乗って」「敬虔な取引でもしてるんだろうか」
烏に餌をやりながら。
「商人の真似事か」「それとも警戒心がないものか」

「詩的で、そして鋭い指摘かもしれないね。でもね、この世界を覆う影が元から大きいからこそ、その中の光でもありたいと思うから幸福を説きたいんだよね──」

「って、見なかった事にするにはかなり痛そうだけれど…大丈夫かい？」

「外傷……手術か……？」

「他にも医者がいるなんて、珍しいね。業種は異なるようだが」

「カカッ。此処じゃあ隠れてる方がハイエナに集られちまうゼ？」

「おしまいになる前に使うからキモチイ〜のに……ま、いいけどョ」

転倒音にも眉一つ動かさず。床に花びらが落ちただけとでも言いたげに、ただ何処かを見たり、塵を拾ったり。

「酔うてまうんも、幸せものの証やろな」
独特な皮肉をぶちかましたり。
本当に、座っているだけで何も変わらなさそうな雰囲気を出しているやも。

「ラセン君は……どうやら僕の助手らしい……覚えていないが」

部屋の端に伏した浮浪者達を診ている。

「何……風邪？そうか……
　残念だがもう助からないな……」

「…今や誰も彼もが"がらくた拾い"だな」

誰かが言った言葉に、独り言のようにそんな風に返した。

「光になりたいん？　結構なことやなあ。うちは光も影も、飽いたし要らん。酒も減らんし酔わんし、座って退屈しのぎしとるだけ。ま、光目指すんなら、虫には気ぃつけや」

＊ちゅう、と鳴いて寝床へ去っていきます＊
＊いつ奪われるか分からない身＊
＊穏やかな空気に当たる気にはなれないのです＊

「ユガミは危ないところを
　先生に手術で救っていただきました。
　それからずっと傍で助手をしておりますよ」

実は先生と結婚していますよ♡って言ったら信じてくれるのかな。
でもそこは嘘をつかないらしかった。

「オペの準備ですね。メス」

「だ、大丈夫、大丈夫で……」

散らばってしまったガラクタを拾い集めて、そそくさと逃げ出す様にこの場を離れ……ようとした所に足首に奔る痛み。

軽く痛めてしまった様だ。観念してその場に座り込み、
話をしている面々の顔色を窺っている……

「名前1つだけじゃ、燃やせないし業にもならないから、良いんじゃないかな。そういう時代じゃないか」

「もしかして手術が始まろうとしている？」

「痩せぎすの子鼠のが愛らしい」
「懐をまさぐるには腹の膨れていた方が気安いですが」
「施しなんぞ要らんと言われちゃ漫歩の甲斐もない」

お役に立てそうもございませんしと腑抜けて笑う。

「名前よりそのへんのゴミのがよく売れちゃうってワケ……」
へへ……とへらへら笑いながら拾った種を解体して遊んでいる。

「商いやるんだけやなくて、医者もぎょうさんおるんかあ。偏るもんやねえ。どうでもええけど」
本当は少しだけ面白さを感じてはいたが、自分に巣食う莫大な退屈の前では誤差だった。

「どのがらくたも、俺には要らない」
「だが、客には必要だ」
「… 名前も、塵芥も。何もかも。」

去っていく姿を見送り。
またね、の挨拶はなくとも、
ナースは名乗ってくれた名を覚えている。

座り込む姿があれば、ただそっと見守っているだろう。

「聞き捨てならない事に、先生以外の我々は残念ながら半ば幻覚認定らしい」

幻覚の名乗りを逐一覚えるだなんて殊勝な事。

「シラフで向き合い続けるには厳しい時代だからこそ、ね。終わりをただ待つ事を悪とは思わないけれど、きっと愉快な方が良いから。酔えない貴方が退屈してしまっている様に。
でも大丈夫さ、虫が寄ってきてもまた、照らせば良いんだもの。ありがとうね」

「ンなとこで手術を始めようとしておられる？」

やばすぎ、なんてケタケタ笑いながら巻きたばこをふかした。
特有のケミカルな匂いがする。

「オペはしない……
　まだ自然治癒の可能性がある内は、死なないかもしれないし……」
「風邪だと……多分この薬がいけるかな……」

持っているトランクから取り出した得体のしれない粉末を渡している。

「こんな環境だと、風邪ですら命取りだね。
　ちゃんと体調管理を……なんて。

　ここでは体調管理出来るわけないけど。」

「同業者に口出しするのもアレだけど、分野違いだからアレだけど、すごくアレでアレだけど…その処置はどれも合ってるのかな…？」

「自分はいつ消えるか分からない夢だって、
　根拠のない幻覚だって、目の前に在れば受け入れます。」

「先生は……ユガミにとっての初めての『現実』は、
　幸せなイレギュラーだから」

「感謝なんてしとって、寝首掻かれても知らんで。あほらし」

「ま、興に酔えるうちに酔っとけばええ。少し言うたけど、袖振っただけやし、そもうちには関係あらへんし、勝手にしいや」
なんて言って、また酒をあおる。やはり顔色ひとつ変えない。

「聞いたことがある……」
「有効ではない治療も患者が効いていると思い込めば本当に効くらしい……」
医者の出した粉が効くと本気で信じれば、あるいは…

「処置は合っている（はず）……本で読んだ（気がする）から……」
「大丈夫だ……僕は免許を持っている……」

ただしその記憶は無い。

「いつ消えてもいいように。
　やり残しがないように、私は動いているだけだから。

　私はヒマワリの花を見てみたいだけで。」

「本で読んだ。」

「ラセン君はこういう……ちょっと、何か、アレな子ではあるが」
「ルックスはいい」

「病は気からとも言いますからねえ」
とりあえず有り難がっときゃお得〜なんて抜かして、
煙草の匂いに鼻を鳴らした

「ワケの分からない薬もとりあえず試してみるのは
　良くある話ですとも」

信頼と実績のあるモノがいつでも手に入る訳ではないのだし。

「1ミリも安心できる要素なくてすげ〜ナ。世界獲れるゼ」

なんの？

「合ってますよ。
　アレをアレしてめちゃくちゃにすると
　治るんですよ、ね。」

「少しのアクシデントもお任せください。
　自分が完璧に隠蔽……いえ
　患者サマにご説明しますので」