「お、医者だァ。はいは〜い不調ありマース」

デカい男が手を挙げた。びっくりするくらい健康そう。

「ご忠告どうもお。あいにくどっちかといえば命を増やす方でさあ。
　思ったより無と暗がりでびっくりしてるとこ。
　梟の陰気臭さはすごいけど、ここも別ベクトルですごいやなあ……」

昨日梟首で見た医者。
此処にも来たのかと一瞥。

健康状態はやはり良好である。

「なんだなんだ。頑強が服着て歩いてるようなツラしてるが
　どっか悪い自覚でもあんのかァ？」

転がっている何かの塊を、踏まないようによいこらせと跨いで
一見健やかな丈夫谢のところへ。

「……わざわざこんなところに、何の用だろうね。」

「よく見りゃァ梟首で見た顔もいんのな」

もともと曙光にいたらしき身なりのいい男だとか
健康状態を保っているらしき寡黙そうな人物とか。

「……」

切った貼ったはするけど医者ではないので挙手はしないでおいた。

『……』
ひらひらと手を振っておいた。

狗はMETROが住処である。
貴重品、気を付けてね。声は無いが。

「METROは、来るもの拒まず去るもの追わず、死んだものは骨も残らない」
「そんな場所だからな、気をつけろ」

それから、欠伸しながら胸ポケットから煙草とライターを取り出す。
フィルム付いたままの箱は軽く凹みがあるが、中は無事だろう。

手持ち無沙汰のようにライターを二度程かちと鳴らした。燃料の無駄である。

へらっと笑ってひらひらと手を振り返す。
あまり警戒心のない男だ。ドクターズバッグは大事に提げてはいるが。

「パイの取り合いしてるような街じゃ案外見た顔も多いもんだ。
　何もない場所なら何もない場所で、
　買いたいものをお値打ち価格で買えるんじゃないか、とね」

「ひと」
＊また増えた、と言わんばかりです＊
＊あれらもまたここで死んだら、何かしら貰っていくつもりです＊
＊積極的に奪いやしませんが＊

パリパリとカビたクッキー食べながら賑やかになってきた

恩人のよこんちょ座って眺めます
オイシャなんだなんだ

煤か何か、汚れきった手を何度か払う。
ここじゃ手を洗おうとしたって、下手な水に突っ込めば余計に酷くなるのは自明だった。
何より、そもそもすぐに汚れるものだから綺麗に整える必要もない。

「腹の虫が収まンないのョ〜。センセ〜なんかいい薬とか知らナイ？」

食べ盛りの健康優良児？
手招く男は腰を上げることもない。立つとなぜか警戒されるので、人と喋るときは大体こう。

「お値打ち価格で、ねぇ。」

もっとも、買えるようなものがあるのかと言われれば悩ましいところ。

警戒心、なさそうなお人だ事。
大人だから大丈夫かという発想に至るが。
何かあったら……その時はその時だ。

「クカカ。曙光の連中が気に入るモンつってもナ。闇市にゃ流れてっカモ？」

「カ、……」

カビたものを、食べるのは。
ふと目にした光景に物を言おうとし。…やめた。
呑気な男とはいえこの街でそれを口に出来るほどではない。

「もう賑やかさの品揃えなら負ける気せえへんなあ。知らんけど」
ここにずっと座っているので、実際他の場所の賑やかさなんて知りません。

「……相克でもするか」

「腹の虫って…お前それ腹減ってるだけじゃねェか……！」

座ってくれているなら好都合。
じろじろと顔色を観察、もとい診察していたところで、ちょっとずっこける。

「つってもナァ……。
　空腹を誤魔化す薬なんて禄なもんじゃねえし………なんかあったかな……」

自分の鞄だの白衣のポケットだのをあれでもないこれでもないと漁り始めた。

「てかお嬢さんいるじゃ～ん。
　元気そうで何より～」

外套羽織った女性に手を振った。
少なくとも素面の声と顔である。

「まあ物品というか、ネ？
　どっちかというと買いたいのは労働力？的な？」

「ねずみが増えるんだから、人も増えるでしょ。」

「俺なんかはむしろ売りたい側だねェ。顔を」

「なんかあった時「そういや医者の顔見知りが居たなぁ」なんて
　思い出してもらえりゃめっけモンだ」

「ェ〜。そりゃそーだケドさァ。ずっとョ？ず〜っと腹減ってンの」

けらけら笑って、何だか真面目というか、真艫に取り合ってくれそうな貴方に顔を向けた。なんか出てこないかな〜。

「うまれて此の方満腹になった試しがネ〜。カワイソーでショ？カカッ」

悲壮感のない気楽な口調だった。真偽は不明。

「？」

カビたクッキー美味しそうに食べてますね
恩人お腹減ってる？飴いる？よくわからない石だと思っていますが

「ァ〜？労働力〜？ンなもん業積みゃ大体買えンじゃね〜の。その辺に転がってるヤツラなら尻尾振って付いてくゼ」

浮浪者の群れを指さした。死にかけてないか？その人たち。

「労働力……。」

人手を募って塵芥を集めたいということだろうか。
あれだけ身なりが整っているのだから、自分では動かずに人にさせる……ということなのだろうと考えて。

「……そういうことなら、手伝ってくれる人がいるかもしれないね。」

と、そっけなく。

「なになに、仕事の話？」

昼時のせいか、飯をたかりに湧いて出た。

「あの人は体が大きいから、そう簡単にはお腹がいっぱいにならないのかな。」

「自分で喰いナ〜」

意外と人の分を奪おうとはしない男。そりゃ飴だよ、飴。

「ふーぅ」
「一旦休憩！」
勤勉に励むのはやめやめ！
パチリと手を叩けば立ち上がる。

その辺で拾った金属…金具を燃やす。
ああ、動く鉄の塊がまだ生きてりゃなア。

「そりゃあ業があれば買えるけどさぁ～。
　そういう問題ばっかじゃないんだよ。わかるかい？
　それ以外で手に入れる醍醐味というか味わいというかさあ……
　あと露骨な浮浪者は色々怖いからヤダ」

わからないほうが全うで健康なんじゃなかろうか。
美学未満の何かとか目的とかがあるらしい。

「…あー……慢性的な空腹状態はなあ、たしかになあ……」

難しく眉間を顰める。
健康を危惧する医師の観点と、空腹の辛さを知る者としての観点を重ねて。

「……すまん」
「俺に出せんのは、これが精一杯だわ……」

ばったばったと大騒ぎした挙句、出てきたのはブドウ糖のちびな結晶。
つまりはラムネだった。

「かじったらちっとは血糖値上がって楽にはなる！…ホントにちぃとだろうけど」

「ェ〜？全然分からン」

頭悪いかもです。

「業以外で手に入る労働力なンざ信用なんねーだロ。黄金虫の言う事ァ難しいヮ」

「ォ〜……？」

なんか白いの出てきた。薬？？
有り難く頂戴する。血糖値云々はよく分からないけれども。

「な〜ンで謝ンだよ、変なセンセだな〜」

期待しちゃ無かったのか単細胞なのか、首を捻りながら眉間に皺を寄せた貴方を眺めつつ。
お代の相場が分からん男は適当な量の業を医者に寄越した。

「……業を出すのが一番手っ取り早いのに。」

業を持つものが強いというのはおそらくどの都市でも同じというもの。
何か拘りがあるらしいが、それは彼女にはわからなかった。

「労働出来る環境が残ってるのも、なんだかすごいけどね。」

コレは食べられる石　飴　覚えたですね

ニコニコ顔で横でバリバリと飴を食べます
ぶたのちょうづめの次に美味しいものたちでした

｢その辺で拾った奴なんか信用ならないね。
業で取引できンのが最低限だワ｣

「昼時だからか人すげえいる」
「山のようだぜ」
飯食うか〜と考えながら。

「そっ、相場～～～～～～～～！！」

こいつ　相場が　わかってねぇ！！
という感情が咄嗟に言葉にならずなんだか変な鳴き声のような一声。

「いや多い多い多いわ！……多いわ！！」

「流石になんももらわんっつーのも大の男相手には失礼な話だから
　一部は貰うけどなァ……えー……んじゃあこれは返す分な」

そもそも区画によって物品の相場なんて変わるものだが。
一先ずきっちり仕入れ値で計算をし、残りの業はごそっと男の手許に返却する。

肩をすくめた。

「業で買い漁るのは慣れすぎたんだって。
　まあこのあたりじゃそういう概念もねえかな……」

「臓器や手足を提供するだけの簡単な仕事もあります」

「食べられないもの　沢山どうするが良いですかね？」

業持ってても使い道のねえやつ
齧っても美味しくないんだものな

「エェ〜？？」

薬つったらこんくらいの値段じゃないの？男は首をひねった。ただのラムネです。

「クカカ。言わなきゃ差額分儲けられただロ。やっぱ変なセンセだナ」

METROじゃそんなヤブ医者ばっか。他所の医者ってこんな感じなのか〜。
押し返された分は懐に戻しておいた。押し合い圧し合いしてもしゃーないので。

｢そういや、そーゆー話だったか。
悪ィ悪ィ｣
｢ってと、仕事の続きでもするかね｣

「おいおい物騒な事言うなよなァ…」

「臓器も手足もほいほい簡単に人に使わせるもんじゃねぇ」

「相場も信用ならないのがここだから。」

まともな医者だ。大切にした方が良い。
ここの藪医者は大切にしなくて良い。

＊あの人も変なひとなのでしょうか＊
＊なんて思うのは、ここしばらくまともじゃない医者ばかり見ていたからです＊
＊医者というのは変だと思っています＊

｢と｣

その前に。

｢そっち・・・も悪ィな。
今の手持ちじゃ上手くお遊びできねえよ｣

折角された宣言だが、今は都合悪い。
片手ヒラと振って逃げるみたいに片道切符骨牌切ってくんだろ。

「にしても、マトモ寄りの医者なんて久々に見たね……。」

「おいしゃさん　おいしゃさんは信用できるおいしゃさん」

なるほど！って顔をしているが
医者というものをかけらも分かってはいない

「やっぱヤブばっかだな」
医者。
昼を食べながら。噛む。

「ふん。俺ァ梟首の縄張りに生きてるもんでね。
　過度な経済活動は上に目ぇ付けられるからご法度なの」

という屁理屈で様々なものを正当化させている男は
きっちりとやり取りを済ませられた事に少々ほっとした顔だ。

「あー…恩を着せるようでなんだけど。兄さん、顔は広いほうか？
　だったら知ってる奴に俺の診療所の宣伝しといてもらいたいんだけど」

「まぁ、そうだろうな」
暇潰し程度に相克を挑んだが、受理されないのも察していた為
また探索に戻る

「業以外で……。」

「……医者っつってもいろんなヤツが居るだろーからなあ…」

「俺はここいらの流儀はまったくわからんし。
　だからここの医者と情報交換でも出来たらと思って
　此処に来たんだけどな」

この調子だとフラれたかなぁ。ぼりぼりと頭を掻く。

「飯でいいじゃん。後は上等な服とか？
ああ、寝床なんかもいいんじゃね。
安全でだぁれと来ないような場所をさあ？」

業以外、と言われて、案をいくらか。

ガシャガシャガシャ　何かいいものできろできろ

「なに、また医者がいるの」

根本的に医者や医療を信頼していない。

「お代は身体とか」

この女の言う身体とは……

「ァ〜。梟ンとこの医者かァ。珍しいナ、曙光の連中は偶にゃ此方に降りてくるガ」

勿論余興目的で。

「ン〜？METROじゃまあまあかナ。店に品卸してっから、その辺に宣伝しといてやんョ。
梟首ンとこ苦手なヤツも多いケド、真艫な医者っつーのも珍しいかンな」

ま、初対面だけ優しくしておいて診療所で……というのはあるあるなのだが。男はそこまで責任を持つつもりはなかった。
METROの連中なら理解していることだ。自己責任。

「名前ァなんて〜ノ」

ボロ布を被って丸まり、寝こけている。

「シトロン、またおなかすいたの？」

　とりあえずサソリの素焼きを差し出してみよう。

「カカッ。METROの医者なんざヤブが殆どだロ！真艫なヤツらは滅多に顔出さね〜ョ。食いもんにされるからナ」

「お。ヒノワ、わかってんじゃん。
そりゃ人間、生きてりゃ腹は減るだろ」

当たり前みたいな顔で言って、当たり前みたいにサソリを奪っていこうと。
お礼は相変わらずないみたい。

「……やっぱりそういう……。」

「やーい振られてやんの」
カスみてえなヤジを飛ばした。

「信じるか信じないかは手前次第な場所だからな」
「きっちり信用できる奴は見極めたいもんだぜ」
「サラッと裏切られて明日には中身は空かもしれねえがな」
ヤブ医者を信じた日には。別方向へ。そんな感想。

「ここで医者だのなんだの名乗る奴は馬鹿だよ」

ヤブ医者の跋扈するここでは、そう名乗るだけで信頼を削ぐだろう。

「そこの女が言う体って体の中身のことだぞ。腹の中のもん持ってかれたくなきゃやめとけ」

本当にそうかは……謎。言いがかりかも。

「ものの道理がわかる子もいて何より。
　……ってか、ウワサだとこのへんは耳付き・・・が山程いるとか聞いたけど。
　常識的な数しかおらんじゃないか。全く世の中ってやつは正直者に厳しいね」

「おー医者だよ、医者。
　……んだ。あんた、血ィ出てんじゃねえか。
　ちょっと見せてみな」

不信の態度を見せる者ヌグイにも
このままだとずかずか近づいていきかねぬ気配。

「この時間ァ潜ってんじゃね〜ノ。夜にでもまた来ナ〜？」

夜のMETROも治安が悪いが、昼だろうが終わってるので関係はない。

「そもそも貰えるもん貰わない奴らが多いから、物々交換にしたって難しいけどな、ここらだと。

……あー、よそもん嫌いだしなあ耳付のやつら。
何？耳付捕獲に来たのか？
すばしっこいのが多いから捕まえるの大変だぞ」

「ぉあー！」

クズ山から後ろでんぐり返りで落ちた
でも手にはぷりぷりのネズミゲットです
若干握るというより噛まれてはいますが。

「おー。助かる…！」

「ここいらの医者の縄張りを荒らしたい訳じゃァねえんだけど
　…見てるとあんま、医療ってもんが信じられてないみたいだし。
　そういう時にゃ知ってる奴の紹介てのがいちばん信頼性があるもんなぁ。

　いや、ありがとうありがとう！」

ばっしばし笑顔で目の前の男の肩を叩こうとする。
遠慮がない。馴れ馴れしい。そして余り物怖じもしないのだった。

「余り物だからね、っていうのは昨日も言ったか。」

　要は小食。

「うわっ」
「ちょっと見せろって……」

一歩二歩、後ろに下がった。
もはや隠す素振りもなく露骨に抵抗感を示している。

「生きてたら血くらい出るでしょ」

だいぶめちゃくちゃな発言だ。
まず、怪我してないと血は出ない。

「そう、俺の名前はドクっての。
　梟首のシマの……すんげえ端っこのほうで診療所ひらいてるから」

「ここにいる奴らも！
　体になんかあったら遠慮なく来いよぉ…！…っと」

名を宣べると同時に、屯している人々にも改めてそう喧伝。

『……』
耳付きって、あいつらの事か。
路地の奥進めば見つかるのかもしれない。

今は身を潜めているだけで。

「ここで食料余らせてるとか贅沢者だなあ？
いつかたかられるぜ」

今もたかられているが？
自分のことは棚にあげ。サソリのしっぽと足はちぎって、バリバリと平らげてしまう。

「……覚えておく。」

とはいえ、ここで怪我をしたとして梟首会の診療所まで無事にたどり着ける保証がないが。

「飯も齧ったし」
「塵探しに戻るかね。は〜ぁ、めんど」
面倒だが。これ以外することもない。
ちまちまとまた探すんだろう。

確かに生きてたら血は出る、と寝っ転がった姿勢のままに内心同意した。怪我の文脈での話だが？