「おう。簡単なモンで良けりゃいくらでもな」

望むのなら誰しもが、下瞼や舌の色を見る、呼吸音を聞く
など簡単な健康状態チェックを受けられるでしょう。健診フリー。

「診療所のベッド、な」

一音一音を区切った強調の口ぶり。

「つっても俺はここいらのもんじゃないし
　寝に来るには遠いぞ」

「あ～～～惰眠を貪るとやっぱ昼過ぎ起床になっちまう」
「どこの病院にいったら睡眠時間は3時間まで縮められるもんかね」

「まむ」

「幸い健診を無料でしたくらいじゃ崩れない生活基盤してるからな。
　その代わり見張りなんかも付きまとうが」

「…と。悪いな、話の腰を折って。
　……往診に来るからにはこの街に馴染む振る舞いのひとつでも
　身に着けたほうがいいのかね……」

「おー。そっちのちびっこも元気そう、…か？」

拍手してるくらいだしな。
両手の運動機能に問題はなさそうだな。

「おいおい。睡眠時間を削っていいことなんてなんもねぇぞぉ」

「こりゃまた随分常識を語る医者が現れたもんだ」
「世界が終わるってのに起きてる時間も減らして、
　寿命なんてもん大事に温めてもしょうがないだろうに」

「マジか！今度食べ過ぎでお腹痛くなったら行こ」

「この街の振る舞いってなんや…街ん中爆走することか…？」

からりからり、燈篭提げて、めとろの方から、歩いてきた。…からには、やたらに身綺麗な男、ひとり。
足取りはたしかに、傍の鳥はぎうとくちばし閉めて、足音立てずに歩いている。
もっとも、燈篭の飾り金の音が、足音代わりになっているけれど。
からり、からり。

にこにこしながら隅っこで遊んでいる。
手を叩いたりだとか、拾ったものを地面に擦り付けるだとかの。

この街の振る舞い、かも。

「そんで減らした寿命ですっぱり死ねるんならいーけどな。
　そうじゃなかったら悲惨だぞ～。
　手足も口も禄に動かん苦痛だけが友達ってな状態で
　いろんなもん垂れ流して転がって寿命を細々減らすことになるんだからな」

「街中爆走はどこ行っても頭がおかしいぞ」

「……残滓以外に興味は無い」

急に喋った。
ちり、燃えるような赤色の前髪を弄った。

「『夢』を見せるだけなら私のところでもできるんだけれどね」

賑いはじめた通りの様子に、ひょいと寝ぼけ頭が顔を出す。

「睡眠不足の世話とあっちゃあ……専門外ってところかな。
　どうも、おはようさん」

「生憎、よっぽどの不運が降りかからない限り世界の方が先に苦痛とヨロシクするんでね」

「それにガキじゃないから、脅されたって全然怖くない。
　酒と煙草と短い睡眠時間が人生を彩るぜ」

「いやだってさあ。ここ来たときすげぇ…きらっきらした話してて
　俺びびったもんよ」

「それまで居たとこじゃ靴を舐める仕事みてェな話題してたから。
　ギャップが…………」

「靴を舐める仕事はしたくないですねぇ」

ぼんやり。塵芥にまみれた男はぼやいた。

「今日も今日とて霊妙な殿方も多いこと」
「いいことだ。獣と花だけじゃ、
　享楽の全ては味わえないからな」

「ここ以外のところはいったいどんな環境してるんだ？」
「なんだ、まさか本当に野蛮人が食った食われたしてるのか？」

世界が終わるという時に、なにをしているんだかと笑う。

「酒　煙草」「僕には要らないが」「客には要る」
古物商、医術のことはさて知らんが、それもまた、価値があるんだろう。
「僕には必要なくとも」「それには値打ちがついている」
だから否定はしない…もっとも、健康とやらに、関心が薄いのも、そうだけど。

「診療所のベッド、ね」
同じように、一言区切り

「でも、遠いんだ」
「先生、連れて帰ってよ」

「へいへい。俺はどーせ煩くてつまらんことしか言えない医者だからな」

「世界が明日終わるんだとしても、明日を信じられるくらいの健康は
　誰が持ってたっていいと思ってるんでね。
　また会ったら、また脅させてもらうとするよ」

「新顔が増えるな、今日は」

「ま、あちこち移動している輩も多いか」

「まあ……ほかじゃあ縛りが多くて稼ぐのにも苦労しそうだ。
　なにせ戒律ってのは財を稼ぐ方法どころか財の所持まで縛るんだろ。
　そりゃあ、他人の靴を舐めて稼ぐほうがまだ早いさ」

「もちろん、私は真似したくはないが」

時折聞こえる言葉の断片に、少女の耳がぴこぴこと動く。
が、その大半は全く理解出来ない内容だったらしい。

「ぅー」「むむ」

小石を拾ったり、砂を払ったり。

「あ～あ、これだから真面目な奴が来ると面倒だ……」

「このナリで一応薬の知識もあるから、
　くだらない傷や病は自分で面倒見れるよ。
　まあそう、大抵は酒、煙草の配合に全振りしてるけど」

「明日を信じるより明日を占うほうが、
　よっぽど性に合ってるしな！」

ぐう。男の腹が鳴った。
そういえば暫く何も食べていない気がする。
ふら～、とどこかへ行き、補給した後、また塵芥にまみれて地べたを這い蹲っている事だろう。

｢んー？なんか知らねえ顔も多いな｣
その辺をふらふらしてからやって来たかも。

｢別に稼げるなら俺はプライドとか捨てられるけど…
まあ靴を舐めたくないのはそうだが｣

「靴は」「舐めると苦いぞ」「磨き剤はまろやかというより刺激的だからな」

「不真面目な話が不足してるなら、よろしい、『夢』はいらんかね。
　お医者先生の前でハナシするってのはなかなかおっかなびっくりだけど」

「それこそ明日のためのモノっていうなら、ひけをとらないぜえ」

（舐めるのなら……飴でいいな）

「寿司は舐めないぞ〜」

「出来るコトなんてまあ……どこもそう変わりやしないんじゃないか。
　価値あるものを探して掘り当ててなんとかするしかない」

「ああ、でも、ここらへん…賑やかだけど思ったより平和なのな。
　欲の赴くままに相克しまくってるイメージがちと有ったが…」

偏見。

「靴の皮は煮ても食えんし、舐めるとなれば砂とゴミの味だ」
「舐めるふりをしてナイフを突き立てる方がおすすめだぞ」
「逃げるも追い打ちするもあとはお好きにできるからな」

「ぁう」

小石は舐める。

｢『夢』ってなんだよ 薬の一種か？
曖昧な呼び方をされちゃどんなモンを渡されるか分かんねえから怪しく感じるんだよな…｣

「へェ…」

薬の知識が、という男を暫しまじまじと見つめた。
いざという時の臨時的人手。
そんな所思を目の奥に感じてもいい、感じなくてもいい。

「もっと賑やかなのはめとろの方だ」
きゅ、と外套の紐を締める。
「物乞い」「餌付け」「物見客」
それらが秩序をなしているから、商売どころじゃあない。
──もっとも、そういう場所が一番、「漁る」のには、向いているが。
「…ここは少し静かだ」「話も通じる」「悪くない場所だな」
気休めには丁度いいか。

「夢も靴もどうせ舐めるなら甘いもんがいいね」
「別に相克したっていいけど、
　そんなんより面白い娯楽が山ほどあるしなあ」

「連れて…って。
　甘えるんじゃない」

びし。触れぬか触れないかでいや絶対触れないチョップ。

「梟首会のシマで、ドクの診療所は？て尋ねりゃわかるから。
　歩ける自分の足があるなら自分で歩いてきな」

「『夢』アヘンは『夢』アヘンさ」

「ありがたいことに腹の膨れない『夢』をこんな時でも作ってくれるやつはいるもんだ」
「こんなご時世でも、ありがたいことだね～」

「ぁん」「んー」

「人の動きは」

「流動的です」

また急に喋った。

「しかも梟の巣に住んでると来た」
「冷やかしに行くのはメチャクチャ楽しいが、
　あんなとこで"規則正しく"生活するのは本当に御免だ」

「おっ　いいね、甘いタイプの夢。
　まだ手を出したことはないが、終いの時には丁度良さそうだぜ」

「…よっぽどの事じゃなけりゃ、別段止めたりはしないさ。
　夢？明日のためになるってなら結構な話じゃないか」

肩をすくめ。

「……あっ。こら。そういうのはばっちいから
　舐めるのはよせ……！」

小石を舐めるのはよっぽど判定だ。

「…………」

大きな欠伸をして出てきた。
軽く体を伸ばすようにする。

「わんっ」

「それこそ朝頃には、いくらかドンパチやってる様子もあったけどね」
「朝活ってやつ？」

「最下層も最下層なのがメトロなんだな」
「世も末だ、というのもおかしな話だが、世紀末が地下でおっぱじまるのは愉快だな」

「くすりか」「めとろにも居た　流行り物か」
興味はないが、それも対価になるなら。
「くすりは高くつくときく」「良い商売をしているな」
顎を、長い爪で、さすった。

「あぁ、居た」

子兎が居たな。
小石を……舐めてる……？？

ぺろぺろ…

｢あ〜、そういうヤツね｣
｢まあ 俺は買わねーわ 冷やかしでゴメンよ｣
同業者な気がする…が、口には出さない。
薬を売る者が薬に溺れたら意味がないし。

「世界が終わるってんだ、それこそ夢みたいなもんだ」
「目を瞑ってる間に世界の終わりを見られないのは嫌だね」
「私はパスしとこう。個人的には葉っぱの方が好きだしな」

「有難いことに、高くついてくれることでだいぶん得させてもらってるよ」
「私は『夢』を見るにちょうどいい静かな場所と『夢』をくれてやって、
　それでいくばくかの食い扶持を得る」
「世界が終わるまで現実を見たくないってやつも、そこそこ居るからねえ」

「METROのほうなあ。
　あっちも見て回らんとなんだが…」

渾沌と入り組んだ区画。
目を届かせるのは難しい。嘆息が漏れた。

「夢に溺れたら、夢は見られないわねぇ」

「唾液を出したい時は小石でもなんでも舐めるといいと聞いたが」

出したいのかな、唾液。

「夢」「いい言葉だ」
他人の商売を否定はしない。そういうあり方もあるのだろう、そも。
商売のやり方を考えられるほど、世界に余裕があるわけでも、ない。
我々は商人だ。
「現実を見たくない…」「……それもまた、そうだな」
見てきたものを思い出して、思い当たるものがあるように、燈篭握る手に力がこもって、からん。と飾り金が鳴った。

「いっそ健全な医者をやるよりも、安楽死の希望者を募った方が儲かりそうだな」

絶対当たらぬチョップに、ぴゃ と首を引っ込めた。
絶対当たらぬチョップだが、本人はうまく避けれたつもり。

「……先生って、意外とボーリョク的？」

「じゃあ、一人で歩いて行けた時は」
「ちゃんとしっかり、褒めてよね」

「世紀末と言えばまず地上が核の炎か何かにでも包まれるイメージあるな」

「不摂生不健康はともかく、悪い薬は流石に、
　終末前に自分がイカれる可能性が結構あるのに気づいた」
「そういう奴がその辺転がってたらいい享楽になりそうだぜ」

「楽なまま終わりたい者もいるだろうからなあ」

「本人が良いと言うならよろしい」
「俺は御免被るがね」

にこにこしながら遊んでいる少女には、凄惨な現実なんてひとつも感じられないから。
薬や夢の必要が無いのかもしれない。
今日も明日も明後日も、世界が終わったって少女には何にも分からないのだろう。

「むー」

唾液を出す為の小石かもしれない。

「私も目が覚めたまま夢のような光景が見たいんでパスだな」
「混ぜ物の酒で眼を潰すのも御免だ。死ぬなら死ぬで前向きでいたい」

「ははあ、そりゃあ残念。ま、本番は夜だからいいんだ」
「なにせ宿のないやつが宿代わりにしていきもするからね」
「いつでもネオン燦くこの街に、昼や夜やなんてハナシもおかしいか」

はぁ、と溜息一つ。

「私は夢を見続ける資格も無い男だ。
　現実に縛られ、終わりを迎えるその日まで残滓を探し続ける」

ちり。再び赤い前髪を触った。

「世界が終わっても」「俺は多分商人だ」「人は水物」
「…死ななければ、どこにでも行ける」
もっとも死ねば何もできないけれど。
世界の終わりが何を示すのか、わからないまま。
たまたま在った、あしふたつで、とりどりの古物かかえて歩いている。

「俺の本業は算命術。
　命を計算して導く、ある意味現実的な業でね」
「大抵はよからぬことに手をだすと破滅しちまうって、
　風とか水とか星とかいろんな奴が言ってるのよ」

「でも、本当の本当に終わる時は試してみたいね。
　試さないで死ぬことは全部可惜だからさ」

「……それもまあ、否定はしない」

安楽死希望、それなりに居るからな。
頷くように呟いて、数秒目を伏せる。

「できるだけ長く愉しい時間を味わって、
　終わる時は愉しい時にふ、と気絶したいよね」

ふにゃふにゃ笑っている。

「死のことを考えるよりも、今日をどう生きるか、のことを考えた方が」
「余程やることが多くて楽しいものさ」
懐から保存食、くだいて傍の鳥に啄ませている。
「破滅も、生の香辛」「悪いものじゃない」「それも商品だ」

「最後の時までに、どれだけ楽しめるものが残ってくれてるかねえ。
　そういう意味では私はできればみんなに頑張ってほしいよ、うんうん」

「もちろん勝っても負けてもいいように、いちばん良い酒をとっといてある」

「人を死なせる薬なんて、今一番需要が高いだろうな。
　そんなことの為に齷齪頑張るつもりは毛頭ねえけど」

「そんなもんより一日ぐらい時間くれたら、
　夢のように楽しい時間過ごさせてやれるってのにな！」

「医者ではあっても紳士じゃあないんでね」

避けられたチョップの手をひらひら揺らし、悪びれぬ。

「適度な運動、適度な睡眠」
「自発的にそうしてくれるならちゃんと褒めるさ」

「不夜城のような場だからな」

「昨夜も随分と賑やかだった」

今日も賑やかだが。

「それはそれとして不摂生で叱られるのも良いな」
なんでもありである。

「美人を傍らにくそったれな終焉に乾杯できたら私は満足だな」
「殺し奪うのにも飽き飽きだ。こんくらいでぱっと終わってくれるんなら、清々するってもんだ」

「ふ」
「勝利の美酒も、敗者の苦渋も」
「最期に味わうものであるなら、旨いに違いない」

己の顎を摩る。
果たしてその日の味は、如何ほどかな。

「己に悔いがなければ、の話」

｢〜〜♪｣
なんか口笛吹いてるな…
当店では人を死なせる薬も人に夢を見せる薬も扱っております。

なにか誤魔化していることに気がつく人もいるかもしれない。

「酒」「僕は酔えないから　好きじゃない」「けれど、良し悪しがあるのだな」
鳥の分かれ羽すいて、繕う。
「僕が粗悪品ばかりを口にしていただけなのかもしれない」「…この場所で良いものに在り付くのは、難しい」
世界が終わるとはいえ、まだまだ知らないものばかりだから。