「命を救えないゴミ虫よりは、救えるゴミ虫の方がマシなんだ」

「僕も救えるゴミ虫になりたい」

てっち、てちと不自然な歩き方でやってくる。

今日はこの辺で、ということだ。

疲れたらしい。座れそうな場所に座る。

「シャリを食べて落ち着くか？」

「嫌やぁ～～～～あの人怖い～～」
「お医者さん何とかし…もうしてるんや…」

「お゛あぁ゛ああ゛あ゛」

断末魔？

「ぐす、はいっ。
　ナースとして強くなるためにも、常に正気を保ちます。
　オペのあとには必ず……先生の優しいなでなで♡が待っていますから……」

「こっわ、近寄らんとこ」

「怖いから刺したままにしとこ？」

* 抜いたらどっちか動き出すとか…
* 動かなくなるとか……
* 怖いし………

「せめてヒト目指せヒト。
　わざわざゴミ虫方面行くなよ」

「医療に携わる方々は大変そうですね…」
「…なんか、ほんとに…」

「今の格好良いですっ。
　先生はゴミ虫ではありませんが
　レッド・ダイヤ先生名言帳に追加しておこう」

雨宿りできる場所へ移動して
小さく丸まって目を瞑ってみる。
うまく寝れると良いのだけど。

* あるんだ。名言帳。
* そっと心の中で思った。

「まー言う事聞いてくれりゃ苦労無いよ」
「いやあるわ　物不足とか」
「地味に包帯足りん時とかある。
　あと拘束バンド」

「……」

『剣の人もこっち来てたんだね。』
誰に見せるわけでもないけどそう紙にペンを走らせた。

「病院の仕事って上司とかナースの人間関係が
ヤバいイメージがあるんやけど」

「色んな意味でお医者さんは正気じゃやっていけへんってことやな」

「医療従事者も大変だなあ……」

「やあ……小さな子。ああいえ、覚えていますよ。お嬢さん。
　いやはや、少しぶりですな。ご健康そうで何より。
　今日はここで休むことに決めたので？　いい場所ですよ。
　どうです、私と一緒に寝ませんか？　安らかな眠りを約束してやるからよ。」

「僕の大変さなど……
　患者達の苦しみに比べれば、大したものでもない」

「オペの甲斐無く生き絶えた患者を埋葬するのは、何度やっても慣れないよ」

ものは良いよう。

「物騒すぎて怖くてお兄さんは夜しか寝られません」

「おう。夜十分に寝てくれ」

* 健康です。

「いずれ昼も寝られるようになりますよ。朝も夕も夜もずっとずっとずっと」

「少なくとも医者にはまともであってほしいもんですけど…」
「命を繋いでるわけですもんね、正気じゃいられないもんなのかもな…」

「僕とラセン君は健全だよ」

「それは永の方の眠だな」

* 起きてね。

「自分はたった一人の専属ナースですから、
　今のところは悩むどころか毎日が天国です。」

「愛しの先生が患者サマのお身体に触れると、たまに嫉妬したりしちゃいますけどっ
　わかってますから。お仕事だって。
　先生が生きて自分の隣にいてくださる事が、何より幸せなのです。
　生まれてきてくれてありがとうございます、先生。」

「…………」

『大胆なプロポーズ。そういうのは嫌いじゃないよ。剣の人』
かりり。

「あーしはバリ正気だけど？」

「まア……酒は飲むけど」
「美味いから」

「やめてよね、本気を出してもお兄さんが君たちに勝てる訳ないんや」

「僕も正気……いや……どうなんだ……」

「分からない……自信が無い……記憶も……」

「そこの目隠れ兄ちゃんは普通に健康やんか、よく寝て二度寝しい」

「なんかそこの2人はまともそうで安心出来るわ、ナースの姉さんはちょっと…多分いい人やんな」

「ラセン君はいい子なんだが、
　毎回言うことが重たい」

「…………」

* 心配だな……の眼差し。
* てか記憶無いまま医者を？
* 肝は強いな…

「ハハ……プロポーズと言われると照れますな。
　それで……受けて頂けるので？
　大丈夫。オレも眠いから……直ぐ済ませてやるからよォ……」

「それぐらい想ってくれてるって
ことやんな…じゃあ良いナースさんや…」

ほっ…。

「お兄さんバリバリ健康やで
昨日も8時間寝ました」

「あ、医療に携わる方が多く集まってたんですか」
「どちらかといえば正気の人に診てもらいたいもんですけど、まあ腕がよけりゃ最悪どっちでもいいと思いますよ」

「兄貴は…何言ってるんでしょう、怯えてるとこ見た試しないんですが…」

「多分大丈夫なナースさんではないんだけど、
　まあ女性だからいい人かな」

「滅茶苦茶丁度良い睡眠時間じゃねぇか。
　でかした」

* ベストだ。8時間。

「正気でも正気でなくとも愛していますっ。
　何回記憶を失ったとしても……先生が先生であることは変わらないから。
　だから、何度でも」

「あら　ありがとうございます！
　お嬢サマも明るい笑顔がとても素敵ですよ。」

「明日からはちゃんと24時間寝ような」

『答えはとっておこう。業まみれだし。』
そう茶化しながら書いた。

「24時間も寝たら頭痛くなるで」

「24時間睡眠は良くない。
　腰などに負荷がかかる」

それ以前だよ。

「………………」
「……………………」
「…………………………そうですか……（めちゃくちゃな歯ぎしり）」

『昔すごい長く寝ていた時あったけど、起きた時、めちゃくちゃ、こう。凄かった。』
語彙が消えた。

「大丈夫。痛みも負荷も業もいずれ彼方に過ぎ去るからよ」

「死によって全部洗い流そうと？」

「死は救いではないんやぞ？」

「此処だけの話。
私気づいたら12時間寝てて朝焼けが
夕方やった時ある…」

ぐっすりやった。

「僕は安楽死反対派だよ」

「12時間ですらよう寝るなと思うんで、
　24時間も寝るって相当厳しそうですよね」

「ホンマ怖いわぁ
お兄さん弱いから一瞬であの世行きそうやわぁ」

『やっぱり君、生きにくそうだよ。』
かと言って楽にできるかと言われたら疑問が残る。

こんな見た目なのだから。

「朝起きて夜寝る　本能と社会に決められた枠組みという業
　誰も彼も何かの為に動かなけりゃならねェ
　昔は良くても今じゃクソッタレの世界しか回せねえ
　なら死が救いになるのは当然だよなあああああ？　ああ失礼、くしゃみが出ました（ここまで全てをくしゃみにする）」

「うへへ、スマイルはお嬢様のポイントやからな」

「そして急に物騒やん。
死は救済を正当化しようとしてる？」

「マジの病気なら5週間寝る奴もいる」
「24時間でもまア病気か……死か…」

「生きにくいに決まってるよなァ。生きたくねえんだからなァーーッ。
　失礼、またくしゃみが出ました」

「本当にお大事に」

「ふかふかのベットがあるのがいけない。
冬にあったかいのがいけない…！」

「まぁ、お兄さんは弟が生きてればなんだって耐えられるからなぁ」

「すごい個性的なくしゃみするんですね」

「剣ちゃんからロック精神を感じることはある」

「ラセン君がバンドを組もうとするのも何となく分かるな……」

「アンタ風邪ひいたんちゃう…
屋根ん中入りぃや。
あと風邪薬とかあるらしいで」

なんだかんだ親切。

「患者の何気ない仕草にこそ病の本質が宿る……
　くしゃみもそうです　先生が昔教えてくれたんですよ
　じゃあ纏めて救ってやらないとなァ　ああ失礼また」

「アイツにギター持たせたら
　いい曲作ってくれそうなのはわかる」

「厭世的な奴が書く詞は味があるから…」

「……」
『私は』
そのまま書くのをやめ、二重線で潰した。

「ホンマ怖いんやけど」

「でしょう！
　本来ならドラムスティックにするには勿体ないロック精神ですっ
　先生の退廃的オーラと合わせて天下を取れます」

「兄貴が全てを耐えられるようにする為に
　俺は何が何でも生き残らなければ…」
「やはり目指すべきは不老不死、か…？」

「ご丁寧にありがとうございます……
　ですが私は外で寝ますよ。
　救いが齎せそうだったら入りたかったんだけど眠いしなァ……
　またの機会ということで……」

「喉の子は、言いたいことは言った方がいいぞ」

「一度機会を失ったら、それが再び巡ってくるか分からないからな」

『業を投げ捨てれたら良かったんだけどねぇ。剣の人。いつか楽になれる日が来るといいね。応援してるよ。』
ｯﾀｰﾝと書き上げる。

「オレァ別に何言われてもいいしな。
　言われたことは覚えたり覚えなかったりして
　ふとした時に思い出してムカついて
　寝てる所でも向かいに行ってやるからさ」

「弟が不老不死になったらお兄ちゃんも自動的に不老不死になれる……ってコト！？」

『いや、私の話をしても面白くないだろう。書くだけ無駄さ。』

「誰も面白い面白くないで発言基準を判断はしないよ……問診は大喜利じゃないんだ……」

「そして僕は全然面白くない…」

そういうことではないし問診でもない。

「ああ……今日もまた、積もっちまったからな。
　業は積むのは易し　拭うのは険し
　オレも願ってるよ　業が失せてようやく眠れることを。
　失礼、先程の発言からここまでくしゃみです」

「はぁ……可能性の塊が燃えていく……」

持ちきれない種子を渋々火にくべて、長く重い溜め息。
ぐーっと伸びをひとつしたなら、ごみ漁りを中断して休憩タイム。
眼鏡男はどこぞへとだらだら歩いていった。

『問診されていた…？』
いつの間にという顔。

『済まないね、業まみれで。なかったら君の望み通りにできた、かもしれないのに』
『君のために減らしとくか、業』

「別にそんなに業臭くねェけどなァ……
　そんなもんじゃねェのかなァーーー
　まだ人を1.4人殺したぐらいの業臭だ」

「業を匂いで判別できるのか……」

「僕はそろそろ引き上げよう。
　皆、風邪をひかないように…帰ろうラセン君」

「先生の話はどんな名作映画よりも面白いですよっ。
　そして言いたいことを伝えるチャンスは素直に受け取るべき♡なのは
　自分も同意でございます」

「はい♡先生♡
　皆様お元気で。またお会いできたら」

「何処もかしこもプンプンしてるからよ
　あんま普段からはわかんねェけどな」
「さようなら、二人共……　……オレも寝るか……」

「…………」

『うん、また。』
医者と看護師にそう書いた紙を見せながら手を振った。

『剣の人も寝るのかい。おやすみ。』

「……………………」
『毎回剣の人って書くの面倒くさいな。剣でいいか。』

「剣だと剣ちゃんになっちゃうだろ！！
　まあ……剣ちゃんと一心同体ってことなら……
　そ、それでも……いいけどよ。剣ちゃんはどうかな？　……剣ちゃん？
　おやすみ（ここまで間なし）」

「……」
『一心同体というか、まぁ、そういうことにしとこう。』
『おやすみ、剣』
改めてそう書く。
貴方はもう見てないだろうけど。

「…………」
難しいな、業を減らすのは。
静かになったここでそんなことを1人思っていた。