「ほんと、みんな色々持ってるね。
　私なんかいつも手ぶらだよ。」

　何故なら隠してるから。

「消毒用エタノール舐めようとしてる。
　おもしろ。」

　おもしろ。

かわいた保存食に口つける。これといって飯屋の知り合いはなく、男も食物に拘りがあるわけではなかったから。
「……賑やかだな」「ああ、とても賑やかだ」
齧って残したその残りを、傍の烏に啄ませて。灯火にあかりをつけるには、まだ早い時間だった。

「？」

周りの人がごそごそ、持ち物確認をし始めたが
皆何か盗られた様子はなさそう。
やっぱり泥棒なんていなかったんだ。良かった……

「生活する環境が変わると中々寝れないものですよね～」

「？」
＊物心ついた時からこの生活＊
＊環境が変わるというものがよく分かりません＊
＊子鼠は首を傾げました＊

「環境が変わったら寝れないとか」
「どれだけ良い暮らししてたのさ」

「移動するには骨牌がいる。
　塵集めも医者には必要だ」

「まっず」

酒の良し悪しなんてわからないが、まずいことだけはわかった。

「よそは、ここより人からもらおう盗もうとする人、少ないものねぇ」

しっぺ返しが痛すぎるので。
あるいは、した人はいなくなるので。

「睡眠薬がいるか？
　さっき処方したのは、確かこれだったな……」

トランクを漁っている。

ちゅん、と鳴いた小鳥の声。
ばっと動き、飛んで逃げようとするそれを
壁を駆け上って捕まえる。
手の中で暴れるそれを握って息の根を止めれば、これが今日の昼食だ。

「ちっ。ちっちぇぇな」

「人は水物」「巷も又」
水物-時運や状況に左右され変化しやすく、予想が立てにくいもの。
「慣れこそするが」「どこへでも行ける」
足さえあれば。もっとも、足がなくては、どこにも行けないが。

「そりゃまずいよね。」

　しかも度数70くらいのエタノール。

安酒呷りながら人の往来を眺める。
塵箱も同然の鼠の国で、
物乞いが居ないのは逞しい事ですな。

「臓腑が焼けるようだ」「んは」

段々にアルコールで感覚が麻痺する。
段々に面白可笑しくなる。不意の失笑。

「お見事〜」
小鳥捕まえる動きにブラボ〜と手を打った

「飲んでる人、多いね」
「何がそんなに惹きつけるんだか……」

やっぱりわからない。

どこへでも行ける、その単語に自分の足を見た。

……………………。

『……』
長い袖垂らし振り歩く。
周囲の声を聞くに今日も此処は変わらずらしい。

狗は何も持たなかった。有るのはこの身と面と衣装のみ。

「他に面倒な人間関係とかはあったけど、
　少なくとも食べたり寝たりに困った事はない生活してたかな……」

元の暮らしを思い出したら、悲しくなってきた……
ここでの逃亡生活はいつまで続くのだろう。あるいはずっと……？

「……ああ、どうしてこんな事に」

しゅん……

「こんなもん飲んでるやつ、舌おかしいんじゃねえか」

飲むものではないからおかしいのは自分である。勘違いは続いたまま、ぐわっと熱くなる身を嫌がって首を振った。

「物乞い」「どうせもらえない」
＊物乞いに残飯をやる余裕＊
＊そんな余裕すら残されてる人は少ないのです＊

「ふうん」
「やっぱり良い暮らしはしてたんだ」
「此処に居るって事はそういう事なんだろうけどね」

「物乞いは、裕福で幸福なお貴族様の道楽がねえと成り立たねえの。
こんな掃き溜めに、わざわざそんな物好きがくるかよ」

鼻で笑った。

「それエタノールはねぇ」
「薄めて飲むんだよ」

いいえ。でもやる奴はやる。

「ほーん。長く楽しむ嗜好品か？
んじゃいい飯の種に化けるかもなあ。ま、綺麗な水が手に入りゃの話だろうが」

信じたね……。

「あんな子供まで一杯引っかけるぐらい荒んで……」

どこかで見た瓶だな……と思ったけど
自分の物か？という所までは到達しないのである。

「薬なら、無償でもいい。
　必要な者に分け与えるのも医者の勤めだ」

ただし合っている保証はない。

「──身元の話は、商品だ」「迂闊にしない方がいい」
もっとも男には何もなく…する話もないほどに空っぽだったから、こんな訓戒は自分のためでは、ない。
「懐に気をつけるといいさ」「何があるかわからないからな」
だが、略奪に興味はない。生きたものからは奪わない主義だった。

「薬とか治療とか」
「ここでそんなの信用する人、いるのかな」

「ぅん？」

物乞い事情を聞いたか聞いてないか、
首を傾けて己の懐をまさぐり出す。
銀紙に包まれたそれは嗜好品その2。

「チョコでも食べます？」
「本物のカカオと違いますが、甘いは甘い」

「ないない！　治療するって言って体切り刻まれんのがオチだって！」

人の善意を信じず、嘲笑うように否定する始末。

「くすり」「業になる？」
＊まず思い浮かべるのは燃えるかどうか＊
＊そういう生き方＊
＊子鼠も、略奪には興味はありませんが＊

小鳥を焼いて齧る。
小さい鳥は骨が多くて厄介だ。
バリバリ、硬質なものを噛み砕く音。
自分から出る音は大きく聞こえるものだから、
大きな耳が緩く閉じていた。

「チョコ！」

物乞い以下が反応した。

「よこせよ！！」

何様か？

「藁にも縋りたい者はいる……」

「不要ならばそれでいい。
　僕は強制できる立場ではないよ」

「チョコ」
「施しを信頼する人も居ないと思うけど」

先に毒味でもしない限りはね。

「チョコ」
＊耳がぴくり。＊
＊でも貰おうとはしません＊
＊その後何を吹っ掛けられるか知らないので＊

「薬は燃えない」

危険物だからかな？

ちらほら何か食べている人たちを見ていたら小さく腹の虫が鳴いた。

おとなしくガラクタを漁るか。
何かあればいいんだけど。

「毒か薬か見分ける手段もないし、手術と称して腹の内を空っぽにされる事もあるし」
「まあ医者なんてのは信頼されてないよね」
「こんなとこで医者をやろうなんて、物好きだね」

「対価を求めぬ取引をしないのは」「それは互いに信用ならないからだ」
対価とは信託、互いに設ける信用の線引き。商いの基本は、物々交換。
「無償の慈愛を善性と呼ぶなら」「ここではすぐに食い潰される」
であるからして、取引には常々対価があり、迂闊に乗らない方が、良い。
もっとも、そんなことを考える余裕がある者は…こんなところには、いないかもしれないが。

「あら、餌付けにきたの」「お優しいねぇ」

しかし、何が混ぜ込まれてるかも分からない
施しものに食いつくねずみは中々……
いたねぇ……食いついてるねぇ……

「ほんま、ようけ食べはったり、食べるんに飽きん人がぎょうさんいはりますなあ。元気でよろしおす」

ぐぅ……
食事や施しのシーンを見ていたらお腹が鳴った。

「う、お腹空いた……」

そう言えば、向こうを飛び出してから何も食べてないな。

「解体してる時ってお肉が食べたくなるんですよねぇ」

「…………」

「免許を持ってたから……」

「勿論無償でよろしい」

毒味が入用なら目前で割って食べ出す。
甘味よか苦味のがうんと強いが。
飢えを満たすには別段に困らない。

「どうぞ。欲しい子から取ってお行き」

ねだりの強い子には一枚丸ごと差し上げる。
体温で碌に溶けないのはやはり本物と違うから。

「…………」
かりり。
『食いつぶされる。それなら慣れてるさ。』

大劇場跡エピタフにいくつも開く穴のひとつから
ちいさなこどもが四つ足をついてのそりと出てきます。
暗がりに慣れていた鈍い赤の目を数度瞬かせては
辺りの声に僅か耳を傾けているのです。

「なんだよ。チョコだぞ。早々食えるもんじゃねえだろ！
ちぃと舐めてみりゃ良くねえもん入ってるからはわかるだろ。
はは！好きもんが下界にまで落ちてきたんだ、感謝しねえとな！」

ちっとも感謝してる気配がない。
一枚堂々と拝借して。

「他の奴はいらねえってよ！その分オレに渡せよ！」

強欲！

「はあ。ほんまに施すんか？　うちはそんなことようせんわぁ。偉い人もいはるんやな」
当然コレは施しに手は伸ばさない。酒を永遠に飲んでいる。

「物漁りには物漁りなりの秩序や掟がある」「生きたものから引っ剥ぐなら」「しっぺ返しを喰らって当然だ」
だから、生きたものから略奪は、しない。
商人にはまだ、口があり、手があり、目があった。

「取って食ったりしません」
「慈愛てのは元来プライスレス」
「値札を貼っ付ける方が野暮って物」

餌付けに来たと言われたっても答えは曖昧なもんで。
酔っ払いに筋書能書求められても困ってしまいます。

「勿論、取って食われたりもしない」

＊未だ警戒中＊
＊タダより高いものは無い＊
＊そのつもりでいないと簡単に食われるのです＊

「医者も、施しも」
「良くやるよね」

分からないなあ、という顔

「お、チョコの匂いする。珍し」

肉饅を齧りながらてくてくやってきた。片手に紙袋を抱えている。
METROじゃおおっぴらに嗜好品を口にするものは少ない。安価な酒や煙草は除く。

出てきた小さいガキにも一瞥をくれる。
当たり前だが、ここでは小さければ小さい程早く死ぬ。
大人の方が狡くて賢くて強いのが常だ。

「…ちっ、もう食べ終わっちまった。」

食えない羽の部分を指で弄って、ふんと息をついた。

「甘味はほどほどにな…」

施しのチョコは欲しそうにしている子がいるから、その子に譲ろう。

自分は手の届く範囲でのもの漁りを始めた。
特に食べれそうなものはなさそうだけれども。

ぐぅぅぅ。もう一度大きな腹の音。

「うう……」

自分が施しに群がっている姿が全く想像できない……
から此方も遠巻きに見ているだけ。

「あんさんら皆えらい自信持っとって、蔵の柱もビビって逃げそうやな。崩れて下敷きなってまう。おおこわ」

「ンだよ腹減ってるヤツばっかか〜？
オニーサンが肉まんをあげよう……」

怖。

「肉饅もくれよ」

チョコをねだっている最中であるのに肉饅まで？
強欲の極み。人目のある場所であるから強気だ。二人きりとなればまた態度も違うだろうが。

困っているのがいたら取引に参じるのがいつもの動きだったけれど、今回ばかりは、ちと不利か。
…懐にある保存食は何せ2日分しかないものだから、誰と分け合うでも、なかった。
生きている方が大事だ。
「…死ねば取引もできんからな」
顎、長い爪でさする。

「私はチョコよりお肉の方が好きかなぁ」
「虫のとこ曙光のお兄さん、そういうのは取り扱ってないの」

出処を決めつけてかかる。
ま、どう見たってこの辺りの者じゃあないし、
梟首の堅っ苦しさも見えないからおそらくはそうでしょう。

「下界てのは最早境界がよう分からんですね」
「数に限りがありますから、他の子達次第」

瓦礫の山に腰掛けながらに煙草で一服。
身の安売りは商人からすりゃ悪かもなあ。
知らんですが。煙をもくもく宙に浮かべる。

「蜘蛛ンみたいな人もおるから、気を付けなはれや。ま、貪り食われるん見るのも、肴くらいにはなるかもしれんな」
誰の方も向かずそう言った。

猪口齢糖チョコレート。への反応様々。
観察するように紫黒の瞳が瞬いていた。

どうやらここには施す人がいるようです。
甘い匂いに甘い言葉は一体何のためなのでしょう。
無欲なんてものはないのにあなたの欲はいったいなあにっと思うこどもは
ただ自分と同じ白い髪の袈裟のひとをじっと見つめているだけです。

知らない人間から知らないものは貰う気になれない。
配られる施しには一瞥もくれなかった。
肉まんもよく知らないから同上である。

「肉まんはちょっとなぁ」

えり好み。混ぜ物しやすいからねぇ。

「……ああ、我慢できない！
　もっと温存しようと思ってたけど……」

ごそごそ……背後の瓦礫の隙間から、押し込んでいた所為で
薄汚れてしまった鞄を引っ張り出した。

なんと、この女にも大事な物は隠しておく知恵が存在したのだ。
信じられないことに。

「……ああ、生き返る……」

中からブロック状の携行食を出してぱくついている。
まだまだ物を持っている事を周囲に悟られない様にしよう、なんて配慮は無い。
最初の略奪にも気付いてないからね。

「……………………」
早々に漁るのをやめた。

もの漁りは慣れていないし。
買いに行こうにも……と考えている。

「ハア……ハア……」

「ハアハアハアハアハアハアハア……」

「おやまあ、やかましいくらい明るい蛍もいたもんやな。もう少し隠れといて欲しいわ」
これもまた、誰に向けるでもなく。

「良いよ〜出来立てで旨いゼ」

なお中身は何かてんでわからん。
ほかほかの肉饅がプレゼントされた。

「カカッ。何の肉だろ〜が美味けりゃいーじゃんネ」

「ほらあ！見てるだけでちっとも寄ってこねえよ！
オレだけはアンタを信用してるんだよ、なあ、いいだろありったけくれても！」

誰か新たな乞食が現れる前にと必死である。見苦しいこと。

「肉なら腐る程ありますよ」
「食える物かは兎も角として」
「質の善し悪しも兎も角として」

何の肉かもさっぱりわかりゃしないが。
飢えに腹が満たせるなら味に四の五言わないだろう。
そんなグルメがMETRO在住とは到底思えない。

「我々曙光は食道楽が多いですから」

「ウワ頭になんか刺さってル。オモロ……」

「息が荒いな……
　喘息の初期症状だ。注射が要る」

スライム状の食糧を食べながら。

食わぬが一欠片分の邪魔をしたくなるなと思った。
ありったけの一部。どんな反応をするのかと。

「なんだあいつは……」

刃物が刺さってるやつもいる…さすがにドン引き

＊やっぱりよく分からないので＊
＊施しを受けるのはよしておきましょう＊
＊そのへんの生き物を食べて生きられるのです＊

一体誰の為って。
あんた方の為に違いない。
茹だる頭で子供の視線に気付いたらば。
にこおとか、にかあだか、腑抜けた微笑。

「マジか！っはは！ガタイのいい兄ちゃんもいい趣味してんなあ！
今日はついてるわ！！」

ほかほかの食べ物だ！！
目を輝かせて、でもちゃんと二つに割って小さく一口齧って。
変な刺激さえしなきゃそのまま貪り食うつもり。味がしない毒や後から効く何かが入っていたなら気付きやしない。

「あ゛あ゛！？　オレの何処が何処が面白いってんだよおおお……！？」
「許せねえ……オレが面白い存在だなんて……殺してくれ……」

「本当になんなんだこいつは……」

「僕も昔は医者を目指していたんですがね」
「医学的観点と医学的根拠から言って……」
「頭に刃物が刺さってると、人間って死んじゃうらしい」

「安かったからいっぱい買っちゃったンよネ〜〜」

にこにこ。
何も入っちゃないとも！今はね。

「私、味が濃いのは駄目でねぇ」

四の五の、割と言っている。
この見目ですから。買い手のいるところに行けば多少の我儘も効くというもの。
ここじゃそうでもないんだけれど。何処にでも行くからさ。

とか思ってるうちに大分灰汁の強い新顔が見える。

「病気以外の理由がありそうだけどなぁ」

「うわもう死にかけじゃん。
楽にしてやれよ」

刃物とセットになっている人物の開口一番が悪口。

「せん妄の症状が見られる……
　恐らく寝起きだな……」

「殺すじゃなくて殺してくれなんだ。面白」

酒が進みます！ありがとう面白い人！

「んぐ、んぐ……っ、げほっごほっ」

次は飲料水の入ったボトルを鞄から出して飲み始め……
既に殺してもらった後みたいな人を見て、ちょっとむせた。

古物商、足音たたぬ妙な足履きだけれども、からりからりと手下げた燈篭の飾り金、足音代わりに鳴っている。
商品探すよに、確かな足取りで、また、物乞いの多かった人のはぐれ目指して。
からり、からり、からり。

「さぁかすでも来たんか思うた。立派なお召しもんどすなあ」

「何見てんだよ……ガキがよお！！コラ！！
　見るぐらいなら殺せよ……さもなくば殺す……」

「頭に刃物……なるほどな…」

「死ねないんだ、あれで」

施しに縋る帽子付きは肉も求めているようでした。
それには一体いくらの値が付くのでしょう。
とにかくあそこにあるのが自分の食事でないのは分かりました。

空洞から出てきたちいさなねずみ。それで十分です。
夜のよく動くうちに捕まえていたのを服から取り出して、ぱくり。

「いつも大量買いしといてくれよ。そうすりゃこっちは大助かりってもんだ」

あったかい食べ物なんて久しぶりだ。
がっついて食べるからすぐにぺろりと平らげてしまうんだろう。